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経済成長と光触媒で知る日本のイノベーション
イノベーションが世界戦略として不可欠なことはもはや常識のように言われていますが、いざ「イノベーションってどういうこと?」と言われると、千差万別の答えが返ってきます。東京工業大学環境・社会理工学院教授の梶川裕矢氏のレクチャーから、イノベーションの学術的な語られ方を、参照してみましょう。
1つ目は「イノベーションシステム」。その国から発表された論文の数や特許の数、大卒者の割合などが関わる部分です。
2つ目は「オープンネス(市場の開放性)」。GDPに占める輸入品や海外直接投資の割合を指します。
3つ目は「ガバナンス」。知的財産権の整備率とともに、マフィアなどのブラック市場がはびこっていないこと。
4つ目は「政治システム」で、民主主義がどのぐらい浸透しているか、市民の権利が守られているかの指標です。
これらのなかでもイノベーションシステムとGDPの相関関係は非常に強く、ガバナンスが次に続きます。オープンネスは、経済学理論では重要視されますが、データ的にはそれほど影響がなく、政治システムはほとんど影響がありません。経済成長に最も影響するのはイノベーションシステムとしてあげられた「科学技術、高等教育、情報」のインフラなのです。
光触媒は、光があたると自らは変化せずに有機物の化学反応を促す物質。とくに酸化チタンが知られ、光を受けると数万度での燃焼に匹敵する強力な酸化力が生じ、汚染物質や微生物を分解。クリーンエネルギーとしての水素を、水から簡単に取り出す技術としても注目されています。
この光触媒を発見したのは、日本人の藤嶋昭氏。まだ東大の学部4年生だった1967年に、卒業研究に取り組む中で見いだしました。成果は1969年には日本の学会誌に、72年にはNature誌に発表され、華々しい成功が約束されているように見えました。
実際に1970年代、光触媒の技術にとっては「夢の時代」が続きます。1974年元旦には朝日新聞のトップ記事を、「日本を救う夢の技術」光触媒が飾ったくらいです。元旦の全国紙で科学技術の特集が組まれるとは、どれだけ期待され、社会に与えたインパクトが大きかったのかが伝わってきます。
日々の基礎研究の中から超親水性を持った光触媒技術が開発された現在では、有機物を分解しつつ水を弾かない光触媒が利用可能になりました。TOTOを皮切りに企業による実用化が相次ぎ、家庭用トイレ、車のバックミラーやフロント、院内感染を防ぐ病院の壁や高速道路の壁面、ガードレールなど、身近なところに光触媒が効力を発揮しています。
光触媒の特許数を参照すると、1995年以降に大きな伸びが見られます。つまり、20年以上にわたる基礎研究の後、1990年代半ば以降に産業技術として取り上げられたことがわかります。しかし、商品化にはさらに時間がかかりました。市場規模は2003年頃からようやく拡大し始め、技術が市場に出るには、さらに10年を要したのです。
光触媒同様に、現在隆盛を極めているマイクロソフトやアップルは、70年代に情報科学に力を入れ始め、アメリカという国自体が「これからはハードウエアではなくソフトウェアが中心となる」という考え方のもと、戦略的に情報科学に舵を切っていきました。
イノベーションを起こすには、経済的にも知的にも多くの資源が必要です。なかでも最大の資源は、「時間」なのかもしれません。スペシャリストたちの苦労を水の泡にせず、確実なイノベーションとして結実させるための方法として、メタサイエンスとしての「計量書誌学」が今注目されています。論文、特許、その他の書誌情報を定量的に分析し、研究開発や科学技術政策の意思決定のエビデンスとして活用していく学問分野です。
梶川氏らが取り組む計量書誌学は、科学知と技術知のレイヤーの境界面における相互浸透領域を把握するもの。知の冒険に乗り出す若者にとっての羅針盤になり得る可能性を秘めているのです。
経済成長に最も直結するのはイノベーション
2008年に発表された「国の経済成長は何によって規定されるか」(ファーガーバーグ/シュレック)という論文からかいつまむと、経済成長は4つのファクターによって説明されるといいます。1つ目は「イノベーションシステム」。その国から発表された論文の数や特許の数、大卒者の割合などが関わる部分です。
2つ目は「オープンネス(市場の開放性)」。GDPに占める輸入品や海外直接投資の割合を指します。
3つ目は「ガバナンス」。知的財産権の整備率とともに、マフィアなどのブラック市場がはびこっていないこと。
4つ目は「政治システム」で、民主主義がどのぐらい浸透しているか、市民の権利が守られているかの指標です。
これらのなかでもイノベーションシステムとGDPの相関関係は非常に強く、ガバナンスが次に続きます。オープンネスは、経済学理論では重要視されますが、データ的にはそれほど影響がなく、政治システムはほとんど影響がありません。経済成長に最も影響するのはイノベーションシステムとしてあげられた「科学技術、高等教育、情報」のインフラなのです。
「光触媒」の50年を振り返る
日本発イノベーションの代表格というと、ソニーの「ウォークマン」でしょうか。それとも「Nintendo Switch」でしょうか。どちらも画期的な製品でしたが、梶川氏はほぼ半世紀の歴史を持つ「光触媒」を例にとります。光触媒は、光があたると自らは変化せずに有機物の化学反応を促す物質。とくに酸化チタンが知られ、光を受けると数万度での燃焼に匹敵する強力な酸化力が生じ、汚染物質や微生物を分解。クリーンエネルギーとしての水素を、水から簡単に取り出す技術としても注目されています。
この光触媒を発見したのは、日本人の藤嶋昭氏。まだ東大の学部4年生だった1967年に、卒業研究に取り組む中で見いだしました。成果は1969年には日本の学会誌に、72年にはNature誌に発表され、華々しい成功が約束されているように見えました。
実際に1970年代、光触媒の技術にとっては「夢の時代」が続きます。1974年元旦には朝日新聞のトップ記事を、「日本を救う夢の技術」光触媒が飾ったくらいです。元旦の全国紙で科学技術の特集が組まれるとは、どれだけ期待され、社会に与えたインパクトが大きかったのかが伝わってきます。
基礎研究20年以上、商品化にはさらに10年
ところが、1980年代の光触媒は藤嶋教授によると「暗黒の時代」で、成果の出ない歳月が続きました。90年代に入って新しい成果が得られるまで、「昔、光触媒というのがあったけれども、最近聞かないね。何だったんだ」という声は研究者の胸を刺すノイズでした。日々の基礎研究の中から超親水性を持った光触媒技術が開発された現在では、有機物を分解しつつ水を弾かない光触媒が利用可能になりました。TOTOを皮切りに企業による実用化が相次ぎ、家庭用トイレ、車のバックミラーやフロント、院内感染を防ぐ病院の壁や高速道路の壁面、ガードレールなど、身近なところに光触媒が効力を発揮しています。
光触媒の特許数を参照すると、1995年以降に大きな伸びが見られます。つまり、20年以上にわたる基礎研究の後、1990年代半ば以降に産業技術として取り上げられたことがわかります。しかし、商品化にはさらに時間がかかりました。市場規模は2003年頃からようやく拡大し始め、技術が市場に出るには、さらに10年を要したのです。
研究者の費やす「時間」を有効化する計量書誌学
「悪夢の時代」が続く頃、藤嶋教授グループは、年間500万円程度の研究費を科研費(科学研究費補助金)から支給され、細々と基礎研究を続けていました。この研究がなければ光触媒のイノベーションがなかったことは事実です。しかし、その間、高等教育や情報のインフラという要素はほとんど彼らの助けにはならず、市場での成功があり、経済成長に影響を与えるようになって初めて、多くの研究者がこの分野に帰ってきました。今や光触媒の市場規模は1,000億円ともいわれています。光触媒同様に、現在隆盛を極めているマイクロソフトやアップルは、70年代に情報科学に力を入れ始め、アメリカという国自体が「これからはハードウエアではなくソフトウェアが中心となる」という考え方のもと、戦略的に情報科学に舵を切っていきました。
イノベーションを起こすには、経済的にも知的にも多くの資源が必要です。なかでも最大の資源は、「時間」なのかもしれません。スペシャリストたちの苦労を水の泡にせず、確実なイノベーションとして結実させるための方法として、メタサイエンスとしての「計量書誌学」が今注目されています。論文、特許、その他の書誌情報を定量的に分析し、研究開発や科学技術政策の意思決定のエビデンスとして活用していく学問分野です。
梶川氏らが取り組む計量書誌学は、科学知と技術知のレイヤーの境界面における相互浸透領域を把握するもの。知の冒険に乗り出す若者にとっての羅針盤になり得る可能性を秘めているのです。
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