社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2019.07.16

これから必要な「リベラルアーツ」とは何か?

 暗記型中心の勉強や受験対策のためのつめこみ授業の反省から、学校教育の本質は、真に考える力を育てることにあるということで、「リベラルアーツ」の必要性が説かれるようになりました。しかし、リベラルアーツというと単に「幅広い知識や教養を身につける」と考えられがちなのも事実です。

 このような現状をふまえ、あらためてこれからのリベラルアーツをどのように捉えるべきかを、慶應義塾大学名誉教授の曽根泰教氏にうかがいます。

「リベラルアーツ」の意味を知る

 曽根氏は、リベラルアーツの本義を考えるために、まずその言葉の意味に注目します。「リベラル」という言葉は、よく保守に対する革新という意味で使われることが多いようですが、もちろんリベラルアーツの「リベラル」には政治的な意味はなく、本来の自由、解放という語義に根ざします。何からの自由、解放かといえば、古い知識や旧弊から解き放たれて、新しい知識、未知の探求に向かうことだと言えるでしょう。

 また、リベラルアーツは本来、「Liberal Arts and Sciences」とサイエンスという単語を含んでおり、実は通常省略されているこの部分が重要なのです。なぜなら、「science」の語源はラテン語の「scire」に由来し、これは「to know」つまり「知る」を意味する言葉。リベラルアーツという言葉の根底には、人類の尽きることのない知への関心が宿っているように思えます。もちろん、現代ではAI、ロボット、遺伝子操作などのテーマの探求が人類の健全な生活実現のために欠かせないテーマですから、今日的な意味においての「サイエンス」も含めてリベラルアーツ全般を考える必要があるでしょう。

リベラルアーツをせまい知識や技術で捉えてはいけない

 ちなみに、もう一つの「art」はラテン語の「ars」を語源とし、これは元来スキル、技術を意味する言葉です。「Arts & Sciences」は知識を机上のものとせず生きた知に置き換えていくリベラルアーツの核につながると考えられますが、曽根氏はここで「リベラルアーツはノウハウ的な専門知識の習得や職業訓練を意味するのではない」と、注釈を加えます。

 今すぐ役に立つ知識や技術を得ることだけを目的とせず、社会や人類のために生かせる、ふくよかで自由な「知」へと向かう。これがリベラルアーツの本義といえるのではないでしょうか。したがって、通常リベラルアーツは人文科学・社会科学・自然科学・芸術、と幅広い分野にまたがって成立すると言われています。科学的真理を追究するだけではだめ、物理学的探求だけでもだめ、芸術的情緒も忘れずに森羅万象の真理に向かうのがリベラルアーツなのです。

21世紀にふさわしいリベラルアーツとは

 このような本質をふまえ、では私たちは21世紀にふさわしいリベラルアーツをどう学んでいくべきなのか。曽根氏は第一に「広い視点から問題を捉えること」を挙げます。そのためには、歴史や哲学といった学問を背景に長いスパン、広い視野で考える素養が必要となってきます。第二は「根っこを押えること」。今、目に見えていること、分かっていることだけを問題にするのではなく、根本を議論し考察する姿勢が重要です。ですから、何か意思決定をするときも、目先の問題を技術的なことで解決しようとするのではなく、その背景にあるさまざまな観点をふまえて考え、判断する力が求められます。

 さらには、獲得した知は、他者とのコミュニケーションにも活用できなければいけません。一人で抱えているだけでは、それは動かない知ということです。コミュニケーションに生かしてこそ、さらに新しい視点を得たり、創発を促すことができます。いわば、リベラルアーツとは「よりよく生きるために必要な知的な力」といえるでしょう。

 このように考えてみると、リベラルアーツは大学に入ったときに教養課程で学ぶものというより、社会に出て仕事やさまざまな人間関係を通して視野を広げていくなかで、さらに学び深めていくことができるもの、と考えてよいのではないでしょうか。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
より深い大人の教養が身に付く 『テンミニッツTV』 をオススメします。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

日本でも中国でもない…ラストベルトをつくった張本人は?

日本でも中国でもない…ラストベルトをつくった張本人は?

内側から見たアメリカと日本(1)ラストベルトをつくったのは誰か

アメリカは一体どうなってしまったのか。今後どうなるのか。重要な同盟国として緊密な関係を結んできた日本にとって、避けては通れない問題である。このシリーズ講義では、ほぼ1世紀にわたるアメリカ近現代史の中で大きな結節点...
収録日:2025/09/02
追加日:2025/11/10
2

近代医学はもはや賞味期限…日本が担うべき新しい医療へ

近代医学はもはや賞味期限…日本が担うべき新しい医療へ

エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(3)医療の大転換と日本の可能性

ますます進む高齢化社会において医療を根本的に転換する必要があると言う長谷川氏。高齢者を支援する医療はもちろん、悪い箇所を見つけて除去・修理する近代医学から統合医療への転換が求められる中、今後世界の医学をリードす...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/19
3

知ってるつもり、過大評価…バイアス解決の鍵は「謙虚さ」

知ってるつもり、過大評価…バイアス解決の鍵は「謙虚さ」

何回説明しても伝わらない問題と認知科学(3)認知バイアスとの正しい向き合い方

人間がこの世界を生きていく上で、バイアスは避けられない。しかし、そこに居直って自分を過大評価してしまうと、それは傲慢になる。よって、どんな仕事においてももっとも大切なことは「謙虚さ」だと言う今井氏。ただそれは、...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/16
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授
4

成長を促す「3つの経験」とは?経験学習の基本を学ぶ

成長を促す「3つの経験」とは?経験学習の基本を学ぶ

経験学習を促すリーダーシップ(1)経験学習の基本

組織のまとめ役として、どのように接すれば部下やメンバーの成長をサポートできるか。多くの人が直面するその課題に対して、「経験学習」に着目したアプローチが有効だと松尾氏はいう。では経験学習とは何か。個人、そして集団...
収録日:2025/06/27
追加日:2025/09/10
松尾睦
青山学院大学 経営学部経営学科 教授
5

「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ

「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ

「宇宙の創生」の仕組みと宇宙物理学の歴史(1)宇宙の階層構造

宇宙とは何かを考えるうえで中国の古典である『荘子』・『淮南子(えなんじ)』に由来する「宇宙」という言葉が意味から考えてみたい。続いて、地球から始まり、太陽系、天の川銀河(銀河系)、局所銀河群、超銀河団、そして大...
収録日:2020/08/25
追加日:2020/12/13
岡朋治
慶應義塾大学理工学部物理学科教授