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水素のトヨタVS電気のテスラ~熾烈な未来カー戦争
現在主流のガソリンや軽油で動くエンジンは、今後の石油の価格高騰や枯渇の試練に否応なくさらされていく。したがって、石油以外で動く自動車の開発と普及が期待されている。
そして、現在のエンジンに代わる有力候補はふたつ。「水素燃料電池自動車」と「電気自動車」である。双方とも既に実用化されていて、販売されている。
電気自動車で最も注目されている企業なんと言っても、イーロン・マスクの率いる米国のテスラモーターズ。マスク氏は、南アフリカ出身。10歳からプログラミングをはじめ、米国でIT企業家として成功した後、電気自動車メーカーを起ち上げ、こちらも成功させている超やり手の起業家だ。
一方、水素燃料電池車の市場をリードしているのはトヨタをはじめとするホンダや日産などの日本企業だ。日本経済を牽引する世界的自動車メーカーで、知らない人はまずいないだろう。トヨタは昨年、初の量産型水素燃料電池MIRAIを発売したのだが、受注は当初予測を数倍も上回り、今年のはじめ、早くも増産を発表している。
電気自動車と水素燃料自動車の違いとは?
電気自動車に関しては特別な説明は要らないだろう。車体に充電池を積み、その電気でモーターを駆動させる、いわば電線の要らない電車のような仕組みだ。では、水素燃料電池車とはどんなものか説明できるだろうか?よくあるのは、水素に点火し得られた爆発力で動かすエンジンだという誤解だ。おそらく、ガソリンエンジンのガソリンを、そのまま水素に置き換えて考えたことで起こる勘違いだろう。
そうではなく、水素燃料電池車とは、水素と酸素を反応させて得られた電気でモーターを動かす電気自動車なのだ。つまり、電気自動車と水素燃料電池車の違いは、予めバッテリーに蓄えられた電気で走るか、水素と酸素の化学反応で電気を供給しながら走るかの違いということだ。
双方のメリット・デメリット
ところで肝心なのは、2つのタイプの自動車のメリット・デメリットだ。電気自動車のメリットはどこでも充電できること。例えば、家庭のガレージでコンセントから充電することも可能だ。つまり、ガソリンスタンドのような施設が要らないということだ。一方、水素燃料電池車は燃料の水素を充填する水素ステーションを必要とする。水素ステーションはガソリンスタンドと全く違う仕組みのため、新しく各地に設置していくことが必要だ。巨額の初期投資を必要とする。
しかし、水素燃料電池車は、一回充填すると長距離の安定的な走行が可能だ。トヨタの発表している数値では約650km。一般的なガソリン車が約4~500kmだと考えれば、素晴らしい走行距離だ。しかも、一回の充填は数分で済む。携帯の充電と同じように、一回の充電に長い時間を要する電気自動車のような不便やストレスはほぼないと言ってよい。
そして、充電に時間のかかる上に、電気自動車が一回の充電で走ることのできる距離は約200kmほどだと言われている。もちろんバッテリーを多く積めば、走行距離の問題は解決するわけだが、バッテリーの重さ、大きさ、そして価格がそれを難しくしている。
今後、低価格化と技術開発が進み、それらの不便は解消していくだろうが、今のところ「補給時間」と「走行距離」の点では水素燃料電池車には遠く及ばないというのが実際のところだ。
それでも、イーロン・マスク氏は強気
「水素燃料電池はまったく馬鹿げている。議論にも値しない」マスク氏は、トヨタの発売したMIRAIを意識したのであろう記者の質問にこう答えた。
理由は、水素を作り出すためのプロセスが非常に大変だということだ。水素は、水やメタンを利用して製造されるが、大量に生産するためには大規模な工場が必要だ。しかし、電気はソーラーパネルなどあればそれで大丈夫だというわけだ。
また、水素が爆発などのリスクが高いやっかいな代物であること、上記にも述べた水素ステーションの問題を語っていたこともある。そして、以上のような水素燃料電池車の欠点は数年の内に明らかになるだろうと語った。
トヨタは冷静に反論
しかしトヨタは、冷静に反論する。トヨタとしては、数年で出てくる欠点などは通過点に過ぎず、2020年以降を見越して動いているというのだ。そもそもMIRAIのプロジェクトは、現状トヨタにとって赤字覚悟である。つまり、普及が目的の投資なのだ。しかも、大企業らしく悠然と5~10年以上先の市場作りのための布石だと公言している。現在、先行投資として、トヨタは各地で水素ステーションの建設も進めている。また、水素の製造についても、より効率的でエコな生産が可能になる技術も研究されている。社会インフラとして普及させるための戦略を一歩ずつ前進させていっているのだ。
テスラモーターズも日本進出を強化
マスク氏は4月、今年後半に日本でのテスラモーターズの整備拠点を8ヶ所新設すると表明。販売網よりもアフターケアを重視する、顧客に安心感を与えることが目的の戦略だ。また、パナソニックと新しいバッテリー工場建設も進めている。こちらもインフラ化を狙った動きである。今後、電気自動車が普及しないということはあまり考えられない。というのも、そもそも電気自動車というものは、精密な機械工学を必要とするガソリン自動車と違い、電池とモーターさえあれば出来てしまうものだからだ。極端に言えば、昔流行した「ミニ四駆」と原理的に同じだ。
もちろん、だからこそ新規参入も比較的簡単な領域でもあり、テスラモーターズが勝つとも言い切れない。実際に、三菱自動車などのメーカーにより、水素燃料電池車よりもずっと前に一般用に市販されており、既にそれなりに普及もしている。
一方、燃料電池車はそもそも高度な技術と、膨大なインフラ投資を要する技術で、新規参入の壁も高く、普及すれば市場のシェアは取りやすいかも知れない。しかし、採算ラインにのるほど普及しなければ、コストばかりかかるやっかいなしろものにもなりかねない。
現在は政府や自治体の後押しもあり、国内の売れ行きは順調だが、日本市場にのみ最適化し、独自の進化を遂げ、やがて滅亡したガラパゴス携帯のような運命をたどる可能性もゼロではなく、世界中でいかに広く、継続的に使ってもらえるかが重要である。
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