社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2024.10.28

日本人が端の座席を好む理由

 心理学者の渋谷昌三氏は、『人と人との快適距離』の中で「昼間のガラ空きの車両」の風景を、以下のように紹介しています。

 「昼間のガラ空きの車両に乗り込んだとき、あちこち空いているにもかかわらず、それが習性であるかのように、他の乗客からできるだけ離れた隅空間を見つけて座ろうとする。これはできるだけ長い時間、できたら電車にのっている間中、自分の“パーソナル・スペース”に他人が入ってこないような場所を選ぼうとする行動であろう」

 なお、「パーソナル・スペース」とは、「個人が心理的安心感を得る他者との距離」を指します。

心理学的視点・「安心」と「戦略」の空間行動

 また、心理学者の小西啓史氏は、端の座席が好まれる背景を「空間行動の一般的法則」としたうえで、さらに「端の座席が好まれる理由」として、以下の2点を挙げています。

 (1)身を守るためには端の座席のほうが有利であり、安心できる。体の一部を壁に近づけることで外敵から身を守りやすくなるだけでなく、中間の座席では両側に気遣う必要がある(多少なりとも左右に緊張を強いられる)が、端の座席では片側だけでも気遣う必要がなくなる(片側の緊張は強いられない)。つまり、端の座席は中間の座席に比較して居心地がよく、安心できる場所といえる。

 (2)着席行動は、空間への“期待”や“予期”が大きな役割を果たしている。たとえば、座席を選ぶ際に座席全体が空いていても、混雑した事態を想定して端の座席に座ることで、混雑した場合でも他者との干渉を少しでも(片側だけでも)防ぐことが可能になる。つまり、端の座席は他者と関わりを持たなくてすむ可能性が高い、戦略的に好ましい場所といえる。

 以上より、「端の座席が好まれる理由」は、(1)“端の座席は安心できる場所”に加え、(2)“端の座席は戦略的に好ましい場所”――であると考えられます。

民俗学的視点・「端に控える」という感覚

 他方、古代民俗研究所代表の大森亮尚氏は、『知ってるようで知らない日本人の謎20』の中で「日本人が端の座席を好む理由」を民俗学的視点から考察し、「端に控える日本人のたしなみ」からの行動であるのではないかと述べています。

 そして、日本人は端や境界を気にしてきちんと押さえておかなければならないという意識が強く、そこから「○○の端くれ」といった謙譲語が生まれ、「はしたない」という感覚が育まれ、さらには一様に「端の座席が落ち着く」ようになったのではないかと述べています。

 大森氏の仮説は、空間行動の一般的法則として端の座席を好む以上に、「日本人が端の座席を好む理由」として興味深い仮説の一つといえます。

 いかがでしたでしょうか。日常風景にも、多様な理由や行動背景が潜んでいます。ちょっと気になった際には、ぜひ理由を探してみてください。

<参考文献・参考サイト>
・『人と人との快適距離』(渋谷昌三著、日本放送出版協会)
・『知ってるようで知らない日本人の謎20』(大森亮尚著、PHP研究所)
・「パーソナル・スペース」『イミダス2018』(松田英子著、集英社)
・喫茶店やレストランで壁際の席からうまっていくのはなぜ? | 日本心理学会
https://psych.or.jp/interest/ff-16/
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
“社会人学習”できていますか? 『テンミニッツTV』 なら手軽に始められます。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

平和の実現を哲学的に追求する…どんな平和でもいいのか?

平和の実現を哲学的に追求する…どんな平和でもいいのか?

平和の追求~哲学者たちの構想(1)強力な世界政府?ホッブズの思想

平和は、いかにすれば実現できるのか――古今東西さまざまに議論されてきた。リアリズム、強力な世界政府、国家連合・連邦制、国連主義……。さまざまな構想が生み出されてきたが、ここで考えなければならないのは「平和」だけで良...
収録日:2025/08/02
追加日:2025/12/08
川出良枝
東京大学名誉教授 放送大学教養学部教授
2

『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏のすごさ…波へのこだわり

『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏のすごさ…波へのこだわり

葛飾北斎と応為~その生涯と作品(2)『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏への道

役者絵からキャリアを始め、西洋の画法を取り入れながら読本の挿絵を大ヒットさせた葛飾北斎。その後、北斎が描いていった『北斎漫画』や浮世絵などの数々は、海外に衝撃を与えてファンを広げるほどのものになっていく。60代は...
収録日:2025/10/29
追加日:2025/12/06
堀口茉純
歴史作家 江戸風俗研究家
3

布団に入る何分前がいい?入眠しやすいお風呂の入り方

布団に入る何分前がいい?入眠しやすいお風呂の入り方

熟睡できる環境・習慣とは(3)睡眠にいい環境とお風呂の入り方

眠る環境は各家庭の状況や個人の好みによって大きく異なるが、一般的に「良い睡眠」のために望ましい環境はどのようなものだろうか。布団や枕などの寝具、エアコンなどの室温コントロールを含めた寝室の環境、また寝つきの良く...
収録日:2025/03/05
追加日:2025/12/07
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
4

深刻化する中国の人権問題…中国共産党の思惑と人権の本質

深刻化する中国の人権問題…中国共産党の思惑と人権の本質

中国共産党と人権問題(1)中国共産党の思惑と歴史的背景

チベット、内モンゴル、新疆ウイグルなど、少数民族に対する深刻な人権侵害をめぐって欧米諸国から強い批判を浴びている中国。しかし、こうした人権問題は今に始まったことではない。中華人民共和国建国の経緯と中国共産党の思...
収録日:2021/10/15
追加日:2021/12/24
橋爪大三郎
社会学者 東京科学大学名誉教授 大学院大学至善館教授
5

なぜ「何回説明しても伝わらない」のか?鍵は認知の仕組み

なぜ「何回説明しても伝わらない」のか?鍵は認知の仕組み

何回説明しても伝わらない問題と認知科学(1)「スキーマ」問題と認知の仕組み

なぜ「何回説明しても伝わらない」という現象は起こるのか。対人コミュニケーションにおいて誰もが経験する理解や認識の行き違いだが、私たちは同じ言語を使っているのになぜすれ違うのか。この謎について、ベストセラー『「何...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/02
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授