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大阪駅・梅田駅が「ダンジョン化」した理由
乗降客の多いターミナル駅は、その宿命として駅の内部が“ダンジョン化(迷宮化)”しやすいものです。なかでも大阪の大阪駅・梅田駅をつなぐ地下通路は「日本最大の地下ダンジョン」と呼ばれるほど分岐が多く、複雑怪奇な構造をしていることで知られています。
東京出身の筆者も何度か大阪へ立ち寄ったことがありますが、大阪駅から“梅田駅”に向かおうと地下街に入ったところ、ぐるぐる回っていつのまにか元の位置に戻っていたり、迷いに迷った末に諦めて地上に出たら全く見知らぬ街並みで戸惑ったり、「ようやく駅に着いた!」と目を輝かせて改札に入ったものの「路線が違う!!」と一人ツッコミして絶望……なんて経験があります。
そう、そもそもひとくちに“梅田駅”といっても、
・阪急「大阪梅田駅」
・阪神「大阪梅田駅」
・大阪メトロ御堂筋線「梅田駅」
・大阪メトロ谷町線「東梅田駅」
・大阪メトロ四つ橋線「西梅田駅」
……と、梅田を冠する駅名が5つもあるうえ、そのどれもが比較的近しい場所にあります。大阪府外から来た人間にはまず判別不可能なのです。
それに輪をかけるように、これらの駅を結ぶ地下街が複数あることが、余計に混乱を招く原因になっています。『ディアモール大阪』『ホワイティうめだ』『阪急三番街』『ekimo梅田』……などで、さらに百貨店の地下売り場(デパ地下)とも接続。広さは新宿駅や東京駅ほどではないものの、店舗が密集していることから、人同士の混雑率は東京のそれをはるかに上回るのです。
大阪&梅田の駅は、なぜこれほど複雑化してしまったのでしょうか?
いっそ、すべてひっくるめて「大阪駅」か「梅田駅」にすればよかったのに。いや、それはそれで不便でわかりにくいのだろうか?……というのは府外の人間の勝手な自問と妄想ですが、ともかくも駅名が違う理由は、JR大阪駅ができた歴史にあるようです。
実はJR大阪駅がある土地はもともと低湿地帯で、当時の大阪の中心街からかなり北のはずれに位置していました。湿地を埋め立てて田んぼにして使っていたことから、江戸時代は“埋田(埋め田)”と呼ばれており、駅が建設されるまでは荒涼とした辺鄙な場所だったそうです。明治期に入り、埋田は「梅田」という名に転じていきます。
やがて国鉄(現JR)主導で東京・大阪の二大都市を結ぶ主要駅を開業するにあたり、この梅田の地に駅が設けられることが決定。梅田が選ばれた理由は、土地が安かったこと、今後の路線の拡張を考えると市街地に造るよりも都合がよかったため、などといわれます。
大阪を代表する主要駅となるので、駅は「大阪駅」と命名されました。つまり歴史を紐解くと、もともとは梅田の地に大阪駅ができたことになるんですね。駅ができた当初は、地元の人は梅田にできた駅、として“梅田すてんしょ”と呼ばれていたそうです。
大阪駅周辺が徐々ににぎわっていく中、地域住民の利便性向上のため、私鉄、地下鉄の「梅田駅」が続々開業しました。ではなぜここで駅名を「大阪駅」としなかったのでしょうか。
調べたところ明確な理由は不明ですが、一説にはターミナル駅となる大阪駅と違い、私鉄の駅は地元の人が日常的に使う駅のため、地域名として親しみある「梅田」が採用されたのではないかといわれます。
ちなみに、実はJRにもかつて「梅田」を名乗る駅がありました。「梅田貨物駅」という貨物専用駅です。2013年に廃駅となりましたが、跡地は現在、再開発の真っ最中。新たな駅「北梅田駅(仮称)」が開業予定となっています。すでに梅田駅が5つあるだけでもお腹いっぱいなのですが、ますます混み合った状況になりそうですね……。
まず前提として、地下道は地上の道とリンクしています。地上の道が左右に分岐していれば、地下の道も同じく分岐しています。
この“分岐”が異常に多いのが、この街の特徴。いわばダンジョン化の最大の要因です。
地上であれば、周囲に建物など目印となるものが多いので、分岐があってもそこまで迷うことはないでしょう。しかし地下街の場合、見通しも悪く、延々と似たような風景が続くため、だんだんと迷路にハマったような錯覚を起こしやすくなります。
しかもその分岐も“ゆるやかな曲線”であることが多いので、ハッキリと曲がった感覚がないまま、いつのまにか目的地から遠ざかっている……なんてことも。さらに地下なのに坂道となった箇所があるせいで、地下1階にいたはずがいつのまにか地下2階、3階にいる、ということもざらです。
しかも、地下街からは地上の歩道につながっていないため、地上に出て位置を確認しようにもそれができません。地上へ出る出口のほとんどが、デパ地下やビル地下と連結しているからです。アプリで地図を確認すると、それがよく分かるでしょう。
「それなら最初から地上を歩けばいいじゃないか」とも思われるかもしれませんが、地上は広大な幹線道路で絡み合っており、歩行者が歩くスペースが限られています。地上を歩くなら遠回りをするか、ビルとビルの間に設けられた歩行者用の空中デッキを使うしかありません。そのため「行きたいところにデッキが繋がっていない」「横断歩道がない」ということが往々にしてあります。
大阪駅から各梅田駅へと乗り換える場合、阪急の大阪梅田駅は地上にあるのでまだ楽ですが、阪神の大阪梅田駅や地下鉄の梅田3駅は当然地下にあるため、地上に出たところで必然的に地下へといざなわれます。結局、歩行者は地下街の通行を余儀なくされるのです。
では、そもそも地上の道がどうしてそこまで分岐の多い道ばかりになってしまったのでしょうか。
大阪駅は線路の関係上、市街地に対して斜めの位置に建設されました。そして前述したように、開業当時の大阪駅周辺はほとんど田んぼの荒涼とした地だったため、街から駅へ斜め方向に、ダイレクトに道をつなぐことができたのです。
さらに住宅街からの通行を考え、あらゆる方角から道を増設していきました。結果、現在のような複雑な構造になったと考えられています。
地上の道が整備されるのと合わせて、地下街も整備されていきます。これは、交通量が多く事故が起きやすい地上から歩行者を守るためでもありました。そして大阪駅の利用者が増加していくとともに地下街も増設され、ますます複雑化していくのです。
地域住民の利便性向上と安全のために道が増え、地下街が増えたのに、それがいつのまにか迷宮化してしまうというのは、ちょっと本末転倒のような気もしますね……。
ともあれ「攻略すれば一人前の大阪人になれる」などと、地元からは愛される(?)大阪・梅田の地下通路。つまり“通る”のではなく“攻略する”という気概で入れば、その先できっと、あなただけの貴重なお宝を発見することができるハズですよ! 知らんけど。
東京出身の筆者も何度か大阪へ立ち寄ったことがありますが、大阪駅から“梅田駅”に向かおうと地下街に入ったところ、ぐるぐる回っていつのまにか元の位置に戻っていたり、迷いに迷った末に諦めて地上に出たら全く見知らぬ街並みで戸惑ったり、「ようやく駅に着いた!」と目を輝かせて改札に入ったものの「路線が違う!!」と一人ツッコミして絶望……なんて経験があります。
そう、そもそもひとくちに“梅田駅”といっても、
・阪急「大阪梅田駅」
・阪神「大阪梅田駅」
・大阪メトロ御堂筋線「梅田駅」
・大阪メトロ谷町線「東梅田駅」
・大阪メトロ四つ橋線「西梅田駅」
……と、梅田を冠する駅名が5つもあるうえ、そのどれもが比較的近しい場所にあります。大阪府外から来た人間にはまず判別不可能なのです。
それに輪をかけるように、これらの駅を結ぶ地下街が複数あることが、余計に混乱を招く原因になっています。『ディアモール大阪』『ホワイティうめだ』『阪急三番街』『ekimo梅田』……などで、さらに百貨店の地下売り場(デパ地下)とも接続。広さは新宿駅や東京駅ほどではないものの、店舗が密集していることから、人同士の混雑率は東京のそれをはるかに上回るのです。
大阪&梅田の駅は、なぜこれほど複雑化してしまったのでしょうか?
ほぼ同じ場所なのに駅名が違うワケ
JR大阪駅と、その他5つの梅田駅は、ほとんど同じ距離にあります。いっそ、すべてひっくるめて「大阪駅」か「梅田駅」にすればよかったのに。いや、それはそれで不便でわかりにくいのだろうか?……というのは府外の人間の勝手な自問と妄想ですが、ともかくも駅名が違う理由は、JR大阪駅ができた歴史にあるようです。
実はJR大阪駅がある土地はもともと低湿地帯で、当時の大阪の中心街からかなり北のはずれに位置していました。湿地を埋め立てて田んぼにして使っていたことから、江戸時代は“埋田(埋め田)”と呼ばれており、駅が建設されるまでは荒涼とした辺鄙な場所だったそうです。明治期に入り、埋田は「梅田」という名に転じていきます。
やがて国鉄(現JR)主導で東京・大阪の二大都市を結ぶ主要駅を開業するにあたり、この梅田の地に駅が設けられることが決定。梅田が選ばれた理由は、土地が安かったこと、今後の路線の拡張を考えると市街地に造るよりも都合がよかったため、などといわれます。
大阪を代表する主要駅となるので、駅は「大阪駅」と命名されました。つまり歴史を紐解くと、もともとは梅田の地に大阪駅ができたことになるんですね。駅ができた当初は、地元の人は梅田にできた駅、として“梅田すてんしょ”と呼ばれていたそうです。
大阪駅周辺が徐々ににぎわっていく中、地域住民の利便性向上のため、私鉄、地下鉄の「梅田駅」が続々開業しました。ではなぜここで駅名を「大阪駅」としなかったのでしょうか。
調べたところ明確な理由は不明ですが、一説にはターミナル駅となる大阪駅と違い、私鉄の駅は地元の人が日常的に使う駅のため、地域名として親しみある「梅田」が採用されたのではないかといわれます。
ちなみに、実はJRにもかつて「梅田」を名乗る駅がありました。「梅田貨物駅」という貨物専用駅です。2013年に廃駅となりましたが、跡地は現在、再開発の真っ最中。新たな駅「北梅田駅(仮称)」が開業予定となっています。すでに梅田駅が5つあるだけでもお腹いっぱいなのですが、ますます混み合った状況になりそうですね……。
地下街はなぜダンジョン化したのか
大阪駅と梅田駅(×5)が混在している理由が分かったところで“地下街のダンジョン化”の謎を解き明かしていきましょう。まず前提として、地下道は地上の道とリンクしています。地上の道が左右に分岐していれば、地下の道も同じく分岐しています。
この“分岐”が異常に多いのが、この街の特徴。いわばダンジョン化の最大の要因です。
地上であれば、周囲に建物など目印となるものが多いので、分岐があってもそこまで迷うことはないでしょう。しかし地下街の場合、見通しも悪く、延々と似たような風景が続くため、だんだんと迷路にハマったような錯覚を起こしやすくなります。
しかもその分岐も“ゆるやかな曲線”であることが多いので、ハッキリと曲がった感覚がないまま、いつのまにか目的地から遠ざかっている……なんてことも。さらに地下なのに坂道となった箇所があるせいで、地下1階にいたはずがいつのまにか地下2階、3階にいる、ということもざらです。
しかも、地下街からは地上の歩道につながっていないため、地上に出て位置を確認しようにもそれができません。地上へ出る出口のほとんどが、デパ地下やビル地下と連結しているからです。アプリで地図を確認すると、それがよく分かるでしょう。
「それなら最初から地上を歩けばいいじゃないか」とも思われるかもしれませんが、地上は広大な幹線道路で絡み合っており、歩行者が歩くスペースが限られています。地上を歩くなら遠回りをするか、ビルとビルの間に設けられた歩行者用の空中デッキを使うしかありません。そのため「行きたいところにデッキが繋がっていない」「横断歩道がない」ということが往々にしてあります。
大阪駅から各梅田駅へと乗り換える場合、阪急の大阪梅田駅は地上にあるのでまだ楽ですが、阪神の大阪梅田駅や地下鉄の梅田3駅は当然地下にあるため、地上に出たところで必然的に地下へといざなわれます。結局、歩行者は地下街の通行を余儀なくされるのです。
では、そもそも地上の道がどうしてそこまで分岐の多い道ばかりになってしまったのでしょうか。
大阪駅は線路の関係上、市街地に対して斜めの位置に建設されました。そして前述したように、開業当時の大阪駅周辺はほとんど田んぼの荒涼とした地だったため、街から駅へ斜め方向に、ダイレクトに道をつなぐことができたのです。
さらに住宅街からの通行を考え、あらゆる方角から道を増設していきました。結果、現在のような複雑な構造になったと考えられています。
地上の道が整備されるのと合わせて、地下街も整備されていきます。これは、交通量が多く事故が起きやすい地上から歩行者を守るためでもありました。そして大阪駅の利用者が増加していくとともに地下街も増設され、ますます複雑化していくのです。
地域住民の利便性向上と安全のために道が増え、地下街が増えたのに、それがいつのまにか迷宮化してしまうというのは、ちょっと本末転倒のような気もしますね……。
ともあれ「攻略すれば一人前の大阪人になれる」などと、地元からは愛される(?)大阪・梅田の地下通路。つまり“通る”のではなく“攻略する”という気概で入れば、その先できっと、あなただけの貴重なお宝を発見することができるハズですよ! 知らんけど。
<参考サイト>
・大阪駅?梅田駅? “ダンジョン”梅田の秘密に迫る│NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220831/k10013794691000.html
・梅田駅は「大阪梅田」駅に…駅名改称ラッシュはなぜ起きているのか│ダイヤモンド・オンライン
https://diamond.jp/articles/-/210749
・大阪駅?梅田駅? “ダンジョン”梅田の秘密に迫る│NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220831/k10013794691000.html
・梅田駅は「大阪梅田」駅に…駅名改称ラッシュはなぜ起きているのか│ダイヤモンド・オンライン
https://diamond.jp/articles/-/210749
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