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沈没船博士が語る『海の底で歴史の謎を追う』壮大な物語
人類にとって船は、人類の歴史と同じくらい古くから運命をともにしてきた道具、あるいは乗り物ではないでしょうか。その昔、海上交易で栄えた港は、現在でもその国の重要な拠点である場合も多いのです。また、長距離移動で飛行機が使われるようになった現代でも、船が使われなくなることはありません。船舶考古学者の間では「人類は農耕民となる前から船乗りだった」ということがよくいわれる
一方、海難事故はこれだけ科学や技術が発展した現代であっても毎年必ず起こっています。その数は日本国内だけでも年間100件以上に上ります。
歴史的に見れば、かなりの数の船が沈没し海底に眠っているはずです。この点についてユネスコの見積もりによれば、世界中には「100年以上前に沈没し」「水中文化遺産となる沈没船」が300万隻は沈んでいるとのことです。
こういった水中に眠る沈没船などの遺跡を発掘・研究するのが「水中考古学」という分野です。今回紹介する『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』(山舩晃太郎著、新潮文庫)はこの水中考古学のエキサイティングな現場を臨場感たっぷりに伝える本です。
もともと山舩さんは法政大学文学部史学科に在籍していたのですが、水中考古学の本に触れて衝撃を受け、この研究ができるアメリカ「テキサスA&M大学」の大学院に行くことを決意します。ただし、このとき英語はほとんどわからなかったそうです。実際にその状態でアメリカに単身で渡ったことで全く言葉がわからず、食事にも苦労するほどの苦しい経験を重ねます。本書の序盤ではこののち猛勉強を経て研究者の道に進んでいく様子が詳しく語られます。このときの、ある意味無鉄砲とも思われるチャレンジ精神と、困難に立ち向かう山舩さんの熱量には圧倒されます。
本書ではこのとき参加した学生たちの愛憎劇のゴタゴタなどに加えて、なかなかキールが見つからない状況にやや焦る様子が描かれます。こうして3年目の調査も終わりに近づいた頃、基準にしていた50年前の実測図でのキールの推定場所が間違っていたことに山舩さんは気づきます。きっかけは「フォトグラメトリ」からの推測でした。そして、こっそりと自分とブラジル人大学院生のロドリゴの2人で、周囲に混乱を起こさないよう内密に作業します。この結果、ついにキールを見つけてしまうのです。ちなみに発見した420年前の木材の感触は「ホームセンターで売っている木材のようにツルツル」だったそうです。
ではこの「フォトグラメトリ」はどのように行われるのでしょうか。撮影するカメラは普通のデジタルカメラで、レンズは広角(魚眼レンズではないもの)とのこと。これを防水ケースに入れ、あとは強力なフラッシュライトを本体から伸びた4つのアームにそれぞれ装着。撮影はマニュアルで「絞り値とシャッタースピードの数値を高く設定する」とのこと。ただし、これだと暗くなるので、強烈なフラッシュライトが必要となるわけです。
このカメラで連続してシャッターを切りますが、このとき前に撮ったエリアの80%以上オーバーラッピングするように撮影し続けます。こうすることで解析ソフトが認識しやすくなるとのこと。対象との距離を一定に保ちながら、30分で2000枚近くの撮影をすることもあるそうです。
また、状況に応じて一瞬で絞り値やシャッタースピードを変えたり、露出を調整したりする作業もあります。このとき、指がつりそうになったり、手の甲が筋肉痛になったりすることも。水流があるところを泳ぎながら、その都度条件に合わせた設定を選んで連続撮影していくので、これはかなり難易度の高い撮影方法です。数多くの現場を経て、感覚を鍛えその手法を磨き上げてきたことがわかります。
加えて、山舩さんは「そこに生きる人々がどのような歴史を辿り、どのような経験をしてきたのか知ることで、相手をこれまで以上に尊重できるのではないか」といいます。たしかに現代は世界中の人と瞬時に繋がることができます。しかし、本当の意味での「繋がり」とは、人間がお互いに関心を持ち、やり取りしてお互いを知りながら認めあうことではないでしょうか。この「お互いを知る」ことには、歴史が大きなウェイトを占めています。山舩さんの「楽しい」という言葉はシンプルですが、歴史のロマンを明らかにすることにとどまらず、時間を越えた壮大なスケールでの「繋がり」の発見に対するものが隠れているようです。ぜひ本書を読んで、その発見の楽しさを味わってみてください。
一方、海難事故はこれだけ科学や技術が発展した現代であっても毎年必ず起こっています。その数は日本国内だけでも年間100件以上に上ります。
歴史的に見れば、かなりの数の船が沈没し海底に眠っているはずです。この点についてユネスコの見積もりによれば、世界中には「100年以上前に沈没し」「水中文化遺産となる沈没船」が300万隻は沈んでいるとのことです。
こういった水中に眠る沈没船などの遺跡を発掘・研究するのが「水中考古学」という分野です。今回紹介する『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』(山舩晃太郎著、新潮文庫)はこの水中考古学のエキサイティングな現場を臨場感たっぷりに伝える本です。
英語力ゼロで単身、アメリカの大学院に留学
著者である沈没船博士こと山舩晃太郎(やまふねこうたろう)さんは、沈没船が眠っている世界中の海や川などに潜り、発掘調査を行います。特にさまざまなアングルから写真を撮ることが、山舩さんの作業では大きなウェイトを占めています。それらの画像をソフトウェアに読み込ませて3DCGモデルを作る技術を「フォトグラメトリ(Photogrammetry)」といいます。山舩さんはこの技術を磨き発展させることで、これまで水中遺跡の発見に大きく寄与してきました。さまざまな調査に協力し、2020年までに20カ国30のプロジェクトに参加しているとのことです。もともと山舩さんは法政大学文学部史学科に在籍していたのですが、水中考古学の本に触れて衝撃を受け、この研究ができるアメリカ「テキサスA&M大学」の大学院に行くことを決意します。ただし、このとき英語はほとんどわからなかったそうです。実際にその状態でアメリカに単身で渡ったことで全く言葉がわからず、食事にも苦労するほどの苦しい経験を重ねます。本書の序盤ではこののち猛勉強を経て研究者の道に進んでいく様子が詳しく語られます。このときの、ある意味無鉄砲とも思われるチャレンジ精神と、困難に立ち向かう山舩さんの熱量には圧倒されます。
アドリア海で420年前の帆船を発見
本書では、実際に水中に潜って遺跡を発見するシーンがありありとした描写で記述されます。沈没船は砂に覆われていた場合、数百年が経過していても木材が比較的劣化せずに残っているそうです。ただし埋もれているので、まずは船の形を見つけなければなりません。発掘調査で最優先されることは、「キール」と呼ばれる船の背骨のような木材を見つけること。山舩さんは実際にクロアチアのアドリア海で調査では、420年前の帆船を発見します。このときにはアメリカとクロアチア双方の大学から研究者や大学院生が参加し、2ヶ月間共同生活をしたということです。本書ではこのとき参加した学生たちの愛憎劇のゴタゴタなどに加えて、なかなかキールが見つからない状況にやや焦る様子が描かれます。こうして3年目の調査も終わりに近づいた頃、基準にしていた50年前の実測図でのキールの推定場所が間違っていたことに山舩さんは気づきます。きっかけは「フォトグラメトリ」からの推測でした。そして、こっそりと自分とブラジル人大学院生のロドリゴの2人で、周囲に混乱を起こさないよう内密に作業します。この結果、ついにキールを見つけてしまうのです。ちなみに発見した420年前の木材の感触は「ホームセンターで売っている木材のようにツルツル」だったそうです。
水中を泳ぎながらマニュアル撮影30分2000枚
こののち山舩さんは、本格的にこの「フォトグラメトリ」の方法を追求し、博士号を取得します。この実用的な「フォトグラメトリ」の手法が話題となり、山舩さんにはさまざまな調査現場から声がかかるようになります。ではこの「フォトグラメトリ」はどのように行われるのでしょうか。撮影するカメラは普通のデジタルカメラで、レンズは広角(魚眼レンズではないもの)とのこと。これを防水ケースに入れ、あとは強力なフラッシュライトを本体から伸びた4つのアームにそれぞれ装着。撮影はマニュアルで「絞り値とシャッタースピードの数値を高く設定する」とのこと。ただし、これだと暗くなるので、強烈なフラッシュライトが必要となるわけです。
このカメラで連続してシャッターを切りますが、このとき前に撮ったエリアの80%以上オーバーラッピングするように撮影し続けます。こうすることで解析ソフトが認識しやすくなるとのこと。対象との距離を一定に保ちながら、30分で2000枚近くの撮影をすることもあるそうです。
また、状況に応じて一瞬で絞り値やシャッタースピードを変えたり、露出を調整したりする作業もあります。このとき、指がつりそうになったり、手の甲が筋肉痛になったりすることも。水流があるところを泳ぎながら、その都度条件に合わせた設定を選んで連続撮影していくので、これはかなり難易度の高い撮影方法です。数多くの現場を経て、感覚を鍛えその手法を磨き上げてきたことがわかります。
発掘は過去の「繋がり」を掘り出して未来を照らすこと
なぜこれだけのことができるのか――そう思いながら本書を読んでいくと、山舩さんの「楽しい」という気持ちが前面に出てきます。また、文庫あとがきでは「船舶考古学とはどういう学問か」ということについて、「『船』という、文明と文明、国と国、そして人々と人々の『繋がり』を海の底から引き揚げ、このタイムカプセルから過去を再構築し、私たちの忘れられていた過去の経験を学ぶ学問です」とあります。つまり山舩さんが発見するのは、その船が語る「人間同士の繋がりの物語」といえるでしょう。加えて、山舩さんは「そこに生きる人々がどのような歴史を辿り、どのような経験をしてきたのか知ることで、相手をこれまで以上に尊重できるのではないか」といいます。たしかに現代は世界中の人と瞬時に繋がることができます。しかし、本当の意味での「繋がり」とは、人間がお互いに関心を持ち、やり取りしてお互いを知りながら認めあうことではないでしょうか。この「お互いを知る」ことには、歴史が大きなウェイトを占めています。山舩さんの「楽しい」という言葉はシンプルですが、歴史のロマンを明らかにすることにとどまらず、時間を越えた壮大なスケールでの「繋がり」の発見に対するものが隠れているようです。ぜひ本書を読んで、その発見の楽しさを味わってみてください。
<参考文献>
『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』(山舩晃太郎著、新潮文庫)
https://www.shinchosha.co.jp/book/104931/
<参考サイト>
◆山舩晃太郎さんのツイッター(現X)
https://twitter.com/KYamafune
◆水中考古学・世界の水中発掘紹介ウェブサイト
https://suichukoukogaku.com/
『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』(山舩晃太郎著、新潮文庫)
https://www.shinchosha.co.jp/book/104931/
<参考サイト>
◆山舩晃太郎さんのツイッター(現X)
https://twitter.com/KYamafune
◆水中考古学・世界の水中発掘紹介ウェブサイト
https://suichukoukogaku.com/
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