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DATE/ 2024.11.08

『実験する民主主義』から新たな時代の民主主義を探究する

 民主主義は「死んだ」、「壊れた」、「奪われた」、「失われた」――近年、こうした表現で民主主義の危機が語られることが増えました。ポピュリスト政治家が人々の不安や不満を巧みに利用し、権威主義国の独裁者が強権を振るう状況が増えるなか、民主主義が揺らいでいると感じる人も少なくないでしょう。

 19世紀フランスの政治思想家アレクシス・ド・トクヴィルは「新しい時代には、新しい政治学が必要だ」と述べました。その言葉は、現代にも強く響いています。今、私たちは民主主義のさまざまな課題に直面しています。その課題を乗り越えるためにも、新しい時代の民主主義が求められているのです。

 今回ご紹介する『実験の民主主義 トクヴィルの思想からデジタル、ファンダムへ』(宇野重規・著、若林恵・聞き手、中公新書)は、民主主義をバージョンアップさせるために、特に「行政」と「アソシエーション(結社)」に焦点を当て、その可能性を探っています。政治思想史研究者と編集者の対話を通じて、新しい時代の民主主義の手がかりを与えてくれる一冊となっています。

政治思想史研究者と編集者の対話

 著者である宇野重規氏は、東京大学社会科学研究所の教授で、政治思想史や政治哲学を専門とする政治学者です。特に19世紀フランスの政治思想家アレクシス・ド・トクヴィルの研究で知られ、著書『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社学術文庫)をはじめとしたさまざまな著作があります。

 また、宇野氏は学術的な研究だけでなく、広く社会に向けて政治や民主主義の意義を伝える活動にも力を入れています。『民主主義とは何か』(講談社現代新書)や『知識ゼロからわかる!そもそも民主主義ってなんですか?』(東京新聞)といった一般向けの著作に加え、高校生向けの特別講義なども行っています。

 本書で聞き手役を務める若林恵氏は、最新のテクノロジーに精通した編集者です。早稲田大学を卒業後、平凡社に入社し、月刊『太陽』編集部での経験を経て、2000年にフリーの編集者として独立しました。現在は、コンテンツレーベル「黒鳥社(blkswn)」を拠点に活動しています。若林氏が中心となって編集した『GDX――行政府における理念と実践』(行政情報システム研究所)を宇野氏が読んで衝撃を受けたことが、本書『実験の民主主義』誕生のきっかけとなりました。

新たな時代の民主主義の鍵は「行政」にあり

 本書では、これからの民主主義に向けた二つのメッセージが提起されています。その一つが、「執行権(行政権)」に注目するという点です。従来、民主主義の議論は立法権を中心に展開されてきました。いまでも、政治学において民主主義や政治改革というテーマでは、すぐ選挙の話になってしまうといいます。しかし、執行権、つまり政策を実行する行政の権限についても改めて考えるべき時代に来ているのです。

 この背景のひとつには、新型コロナウイルスの世界的流行がもたらした現実があります。感染症対策として国家による管理や統制が強化され、私たちの生活に行政の介入がより強く意識されるようになり、執行権の持つ力が以前よりも増しています。

 こうした状況下で、私たちは選挙を通じてのみではなく、現代のテクノロジーを活用して、執行権への民主的なコントロールを考える必要があるのではないか。もしこのコントロールが実現すれば、民主主義はその射程を大きく広げることができ、自らの意見や問題意識をより直接的に政策に反映させることも可能になるのではないか。かつて18世紀フランスの思想家ジャン=ジャック・ルソーは「自由なのは選挙の日だけだ」と嘆きましたが、選挙以外にも民主主義を実現する方策があるはずです。

 ここで重要になるのが、「行政と市民をデジタルテクノロジーで結びつけ、よりダイレクトに課題解決に取り組む」という視点です。行政DX(デジタルトランスフォーメーション)によって公務員をペーパーワークから解放し、そこで生まれる時間を新たな役割に充てることが期待されています。その役割とは、「ファシリテーター」として市民の多様な意見を吸い上げ、編集することです。

 従来、間接民主制のもとで民意を集約する機能は政党などが担ってきましたが、はたしてそれだけで十分なのでしょうか。行政にも同様の機能が求められており、公務員が市民との対話を通じて社会の声を直接反映できるような体制が必要なのではないか。そうしてこそ、公務員が立法府の決定をただ機械的に執行するだけの存在から脱し、より人間的な役割を担う道が開けるかもしれない。二人の対話は新しい時代の行政の役割をめぐって縦横無尽に展開していきます。

新しい政治主体として期待される「ファンダム」とは

 トクヴィルは、アメリカ社会の平等化の進展が個人主義を助長し、個々人が社会的なつながりから解放される一方で、孤立を招く可能性があると予測しました。彼は、この孤立化が社会の解体を導くのではないかと危惧し、そうした個人主義を克服する仕組みとして「アソシエーション(結社)」に注目しました。これが、本書のもう一つの注目点です。

 現代の日本において、このアソシエーションに似た役割を担うものとして、本書では「ファンダム」が注目されています。日本では「推し活」をする人々としても知られるファンダムは、アイドルやアニメ、映画など特定のコンテンツを熱心に応援するファンの総称です。ファンダムは、単にコンテンツを消費するだけでなく、二次創作や多国語字幕の作成、お金を出し合った応援広告の掲出など、さまざまな活動を共同で展開しています。これらの活動は、個人の「好き」という思いを超えて、ファン同士でつながり合い、支え合う集団を形成しているのです。

 宇野氏は、このようなファンダムがトクヴィルのいうアソシエーションと同様に、個人主義を乗り越える存在としての可能性を持っていると指摘します。かつて政治的な主体は土地所有者やブルジョワ、労働者といった層で構成されましたが、現代では「ファンダム」が新たな主体性を持つ存在として現れつつあります。かつての市民運動が力を失いつつある現代、ファンダムは社会の中で新たな形のアクティブな市民像を提案し、デジタルテクノロジーを活用して個人の力を超えた連帯を築く可能性を秘めているのかもしれません。

 本書のタイトルである「実験の民主主義」は、宇野氏が研究してきた「プラグマティズム」の理念を反映したものです。政治や民主主義は、選挙の場だけで成立するものではなく、むしろ日常のさまざまな実践を通じて形作られていくものです。本書は、「まずは行動してみる」ことの大事さを教えてくれます。民主主義を新たな視点から考えたい方に、ぜひ一読をおすすめします。

<参考文献>
『実験の民主主義 トクヴィルの思想からデジタル、ファンダムへ』(宇野重規・著、若林恵・聞き手、中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2023/10/102773.html

<参考サイト>
宇野重規氏のX(旧Twitter)
https://x.com/unoshigeki

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