社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
『睡眠の起源』が解き明かす「眠りの世界」の謎
私たちの人生の約3分の1は睡眠に費やされています。仮に80歳まで生きるとすれば、そのうちの27年ほどの時間は眠っていることになります。忙しい日々を送る現代人にとって、この膨大な時間を「何もしていない状態」に充てるのは一見無駄に思われるかもしれません。実際、かの有名なトーマス・エジソンは「睡眠は無駄な時間である。睡眠時間を減らせば、人類の能力は増大するだろう」という言葉を残しています。
しかし、本当に睡眠は無駄な時間なのでしょうか。人生の約3分の1を占めるにもかかわらず、私たちは睡眠について実のところあまり知りません。「そもそも、なぜ私たちは毎日眠るのか」という素朴な疑問に対する答えさえ、いまだに完全には解明されていないのです。誰にとっても身近でありながら、大きな謎を秘めた現象である睡眠。この謎に科学者たちは長年挑み続けてきました。
そんな睡眠の謎に迫る書籍が『睡眠の起源』(金谷啓之著、講談社現代新書)です。本書では、若き研究者が睡眠の謎に挑み、世界的な発見を成し遂げるまでの過程と、そこで得られた最新の科学的知見が非常にわかりやすく解説されています。文章がとても読みやすいので、生物学に詳しくない方でも気軽に読み進めることができます。「睡眠」というテーマに興味があるすべての人におすすめできる一冊です。
金谷氏が研究を始めたきっかけは、小学3年生の夏休みにアゲハチョウの幼虫を見つけたことでした。羽化して成虫になるまでの様子を観察し、記録を続けました。自由研究として地域のコンテストに出展したところ、詳細な観察記録が評価され、入賞を果たします。この経験を機に、金谷氏は生物の研究に没頭するようになります。高校時代には学校の勉強よりもプラナリア(体長3~20ミリほどの小さな水棲動物)の研究に熱中し、受験勉強を始めるのがずいぶん遅くなったそうです。
九州大学に入学後、高校時代の担任教師の紹介で、生物学を専門とする教授と出会い、早速研究を始めることになります。その教授の研究室で出会ったのが、後に金谷氏が継続して研究していくことになる生物「ヒドラ」でした。
金谷氏は、大学の授業を終えると研究室に向かい、ヒドラの観察を続ける日々を送っていました。そして、大学1年生の春休みのことです。ヒドラを観察しているうちに、一定の周期で活動が低下する状態があることを発見しました。その様子を見て、「ヒドラも眠くなることがあるのだろうか」という疑問がわいたそうです。
この疑問を生物学的に検証するには、ヒドラの体内時計について研究すればよいのではないか。体内時計については、すでにその制御を担う時計遺伝子の存在が明らかになっている。そう考えて、金谷氏は研究を開始しました。
まずは、研究に必要な設備を整えることから始めます。ノイズを排除できる環境の整備、効率的な画像処理の方法の検討、質の高い撮像を可能にする機材の調達など、トライ・アンド・エラーを繰り返しながら研究を進めていきます。研究は次第に国内外の多くの研究者を巻き込み、規模の大きなものへと発展していきました。
そして、ヒドラにも睡眠状態が存在することが明らかになりました。また、ヒドラの遺伝子を解析し、睡眠を制御する仕組みを調べた結果、ヒドラにも時計遺伝子が存在し、体内時計によって睡眠のリズムが調整されていることが分かりました。
さらに、ショウジョウバエやマウスなどの動物の睡眠に関与する遺伝子と共通するものがヒドラにも備わっていることが確認されました。この発見により、睡眠は脳を持つ動物だけでなく、より原始的な生物にも備わる生理現象であることが示されたのです。その成果は論文として公表され、世界的に大きな反響を呼びました。
平日に睡眠不足が続いた場合、週末に「寝だめ」をして補おうとする人がいると思います。しかし、睡眠科学の観点から見ると、この考え方には問題があります。ポイントになるのは「睡眠圧」という概念です。
私たちの体は、起きている時間が長くなるほど、眠気が強まる仕組みになっています。この眠気を引き起こすのが「睡眠圧」です。睡眠圧は、覚醒時間が長くなるほど積み重なり、一定のレベルに達すると強い眠気となって現れます。そして、睡眠をとることでこの圧は解消され、リセットされます。
これは、体の状態を一定に保つ「ホメオスタシス」の一環でもあります。例えば、体温が上がりすぎると汗をかいて下げようとするのと同じように、睡眠圧が高まると眠ることでバランスを取ろうとするのです。
では、「前もってたくさん眠っておけば、翌日の睡眠不足を防げるのでは」と思うかもしれません。しかし、実際には睡眠は貯金のようにためておくことはできません。
金谷氏は、睡眠圧は「借金」に似ているといいます。長時間起きていると睡眠圧が蓄積し、眠ることでその借金を返済することができます。しかし、前もって多く寝たとしても、睡眠を「貯める」ことはできません。睡眠に関しては、自転車操業のように維持し続けるしかないのです。
ということで、睡眠は誰にとっても関心の高いテーマですが、研究者による未知への挑戦は続いています。現代科学がどこまでその謎を解明しているのか。『睡眠の起源』でぜひ、ふしぎな「眠りの世界」を堪能ください。
しかし、本当に睡眠は無駄な時間なのでしょうか。人生の約3分の1を占めるにもかかわらず、私たちは睡眠について実のところあまり知りません。「そもそも、なぜ私たちは毎日眠るのか」という素朴な疑問に対する答えさえ、いまだに完全には解明されていないのです。誰にとっても身近でありながら、大きな謎を秘めた現象である睡眠。この謎に科学者たちは長年挑み続けてきました。
そんな睡眠の謎に迫る書籍が『睡眠の起源』(金谷啓之著、講談社現代新書)です。本書では、若き研究者が睡眠の謎に挑み、世界的な発見を成し遂げるまでの過程と、そこで得られた最新の科学的知見が非常にわかりやすく解説されています。文章がとても読みやすいので、生物学に詳しくない方でも気軽に読み進めることができます。「睡眠」というテーマに興味があるすべての人におすすめできる一冊です。
世界を驚かせた20代の若手研究者
本書の著者である金谷啓之氏は1998年生まれ、山口県出身の研究者です。現在、東京大学大学院医学系研究科に所属し、博士課程の大学院生として睡眠や意識に関する研究に取り組んでいます。また、20代という若さでありながら、すでに九州大学山川賞、日本学生支援機構(JASSO)優秀学生顕彰学術分野大賞、日本動物学会成茂動物科学振興賞など多くの賞を受賞しています。金谷氏が研究を始めたきっかけは、小学3年生の夏休みにアゲハチョウの幼虫を見つけたことでした。羽化して成虫になるまでの様子を観察し、記録を続けました。自由研究として地域のコンテストに出展したところ、詳細な観察記録が評価され、入賞を果たします。この経験を機に、金谷氏は生物の研究に没頭するようになります。高校時代には学校の勉強よりもプラナリア(体長3~20ミリほどの小さな水棲動物)の研究に熱中し、受験勉強を始めるのがずいぶん遅くなったそうです。
九州大学に入学後、高校時代の担任教師の紹介で、生物学を専門とする教授と出会い、早速研究を始めることになります。その教授の研究室で出会ったのが、後に金谷氏が継続して研究していくことになる生物「ヒドラ」でした。
脳を持たず植物のように見える不思議な生き物「ヒドラ」
ヒドラとは、淡水に生息する小型の無脊椎動物で、クラゲやイソギンチャクの仲間です。脳を持たず、一見すると植物のように見えますが、触手を使って獲物を捕らえ、消化して栄養を得るれっきとした動物です。切断された部分を再生する能力を持つことが大きな特徴です。金谷氏は、大学の授業を終えると研究室に向かい、ヒドラの観察を続ける日々を送っていました。そして、大学1年生の春休みのことです。ヒドラを観察しているうちに、一定の周期で活動が低下する状態があることを発見しました。その様子を見て、「ヒドラも眠くなることがあるのだろうか」という疑問がわいたそうです。
この疑問を生物学的に検証するには、ヒドラの体内時計について研究すればよいのではないか。体内時計については、すでにその制御を担う時計遺伝子の存在が明らかになっている。そう考えて、金谷氏は研究を開始しました。
まずは、研究に必要な設備を整えることから始めます。ノイズを排除できる環境の整備、効率的な画像処理の方法の検討、質の高い撮像を可能にする機材の調達など、トライ・アンド・エラーを繰り返しながら研究を進めていきます。研究は次第に国内外の多くの研究者を巻き込み、規模の大きなものへと発展していきました。
そして、ヒドラにも睡眠状態が存在することが明らかになりました。また、ヒドラの遺伝子を解析し、睡眠を制御する仕組みを調べた結果、ヒドラにも時計遺伝子が存在し、体内時計によって睡眠のリズムが調整されていることが分かりました。
さらに、ショウジョウバエやマウスなどの動物の睡眠に関与する遺伝子と共通するものがヒドラにも備わっていることが確認されました。この発見により、睡眠は脳を持つ動物だけでなく、より原始的な生物にも備わる生理現象であることが示されたのです。その成果は論文として公表され、世界的に大きな反響を呼びました。
睡眠科学の視点から考える「寝だめ」の問題
本書では、金谷氏の研究人生だけでなく、睡眠に関するさまざまな疑問についても科学的な視点から解説されています。そのうちの一つが「なぜ寝だめは無意味なのか」というものです。平日に睡眠不足が続いた場合、週末に「寝だめ」をして補おうとする人がいると思います。しかし、睡眠科学の観点から見ると、この考え方には問題があります。ポイントになるのは「睡眠圧」という概念です。
私たちの体は、起きている時間が長くなるほど、眠気が強まる仕組みになっています。この眠気を引き起こすのが「睡眠圧」です。睡眠圧は、覚醒時間が長くなるほど積み重なり、一定のレベルに達すると強い眠気となって現れます。そして、睡眠をとることでこの圧は解消され、リセットされます。
これは、体の状態を一定に保つ「ホメオスタシス」の一環でもあります。例えば、体温が上がりすぎると汗をかいて下げようとするのと同じように、睡眠圧が高まると眠ることでバランスを取ろうとするのです。
では、「前もってたくさん眠っておけば、翌日の睡眠不足を防げるのでは」と思うかもしれません。しかし、実際には睡眠は貯金のようにためておくことはできません。
金谷氏は、睡眠圧は「借金」に似ているといいます。長時間起きていると睡眠圧が蓄積し、眠ることでその借金を返済することができます。しかし、前もって多く寝たとしても、睡眠を「貯める」ことはできません。睡眠に関しては、自転車操業のように維持し続けるしかないのです。
ということで、睡眠は誰にとっても関心の高いテーマですが、研究者による未知への挑戦は続いています。現代科学がどこまでその謎を解明しているのか。『睡眠の起源』でぜひ、ふしぎな「眠りの世界」を堪能ください。
<参考文献>
『睡眠の起源』(金谷啓之著、講談社現代新書)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000404376
<参考サイト>
金谷啓之氏のweb site
https://sites.google.com/view/hiroyuki-j-kanaya/
金谷啓之氏のX(旧Twitter)
https://x.com/simpletocomplex
『睡眠の起源』(金谷啓之著、講談社現代新書)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000404376
<参考サイト>
金谷啓之氏のweb site
https://sites.google.com/view/hiroyuki-j-kanaya/
金谷啓之氏のX(旧Twitter)
https://x.com/simpletocomplex
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
“社会人学習”できていますか? 『テンミニッツTV』 なら手軽に始められます。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。
『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
なぜ伝わらない?理解の壁の正体を今井むつみ先生に学ぶ
編集部ラジオ2025(27)なぜ何回説明しても伝わらない?
「何回説明しても伝わらない」「こちらの意図とまったく違うように理解されてしまった」……。そんなことは、日常茶飯事です。しかしだからといって、相手を責めるのは大間違いでは? いやむしろ、わが身を振り返って考えないと...
収録日:2025/10/17
追加日:2025/11/13
なぜ空海が現代社会に重要か――新しい社会の創造のために
エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(1)サイバー・フィジカル融合と心身一如
現代社会にとって空海の思想がいかに重要か。AIが仕事の仕組みを変え、超高齢社会が医療の仕組みを変え、高度化する情報・通信ネットワークが生活の仕組みを変えたが、それらによって急激な変化を遂げた現代社会に将来不安が増...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/12
デカルトが注目した心と体の条件づけのメカニズム
デカルトの感情論に学ぶ(1)愛に現れる身体のメカニズム
初めて会った人なのになぜか好意を抱いてしまうことがある。だが、なぜそうした衝動が生じるのかは疑問である。デカルトが友人シャニュに宛てた「愛についての書簡」から話を起こし、愛をめぐる精神と身体の関係について論じる...
収録日:2018/09/27
追加日:2019/03/31
『100万回死んだねこ』って…!?記憶の限界とバイアスの役割
何回説明しても伝わらない問題と認知科学(2)バイアスの正体と情報の抑制
「バイアスがかかる」と聞くと、つい「ないほうが望ましい」という印象を抱いてしまうが、実は人間が生きていく上でバイアスは必要不可欠な存在である。それを今井氏は「マイワールドバイアス」と呼んでいるが、いったいどうい...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/09
偉大だったアメリカを全否定…世界が驚いたトランプの言動
内側から見たアメリカと日本(2)アメリカの大転換とトランプの誤解
アメリカの大転換はトランプ政権以前に起こっていた。1980~1990年代、情報機器と金融手法の発達、それに伴う法問題の煩雑化により、アメリカは「ラストベルト化」に向かう変貌を果たしていた。そこにトランプの誤解の背景があ...
収録日:2025/09/02
追加日:2025/11/11


