社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2016.06.01

読書とは何か?ハイブリッドな読書のススメ

 趣味を問われれば、「読書」と答える人はかなり多いのではないでしょうか。

 一口に読書といっても一様ではありません。読まれているコンテンツの多様性だけでなく、スマホなど液晶デバイスの利用も一般的となり、読書スタイルも様々です。

 読書を書籍に限らず、メールやニュースといったテキストコンテンツまで拡張してみるなら、紙しかなかった時代以上に読んでいる分量が増えているといってよいでしょう。

 こうしたメディア多様性は、それに依拠する読書の方法とともに人類の脳の適応という観点から、人類の知的活動にとって大きな変革期が到来しているという見方があります。

「考える脳を失うこと」より問題になるのは?

 ひとつのメディアが登場すると、反動的な意見が必ず出てきます。

 たとえば、膨大な叙事詩を人の頭のみで記憶し再生できた紀元前5世紀、「文字が普及して記憶力が弱り、判断力も衰える」と文字による記録を批判したソクラテスの意見がよく引き合いにだされます。

 近年のデジタルメディアへの批判は、ハイパーリンクした短文テキストを遷移しながら読むスタイルにおいて、集中力を欠き、考える脳を失う「ネット・バカ」になっていないかというニコラス・カーの指摘も話題となりました。

 こうした電子化するテキストを読むことに反動的な意見とはうらはらに、変革はあるべき変化を促します。

 読書は、文字による記録と再生ができるようになった頃から始まり、音読期、黙読期をへて、脳の機能をメディアと状況に適応させ発達させてきた歴史を知っておいたほうがよいでしょう。人は、読書というプロセスをメディア適応させながら、記憶、比較、判断といった思考を獲得してきた経緯があります。

 かつてない速度で、それなりの分量と多ジャンルの情報にアクセスできる読書環境は、考える脳を失うというよりは、考える脳と考えない脳の分化による格差を促進することこそが問題になりそうです。

書物こそ尽きることのない知恵を与えてくれる友

 紙以上に質より速度と量が優先され、どんなものでもデジタル書籍化する時代において、こうした読書へのアプローチは、あらゆる情報についての真偽を問題にできるリテラシーが問われます。こうしたリテラシーを高めるには、良質な古典へのアプローチが最も有効な方法といえるでしょう。

 “書物こそ、永遠に、尽きることのない知恵を与えてくれる友である”

 この教えは、14世紀イスラムの学者イブン・アッティクタカーが著した『アルファフリー』によります。10MTVの講義の中で歴史学者の山内昌之氏は、この書物と知識への考えを、20世紀の学者カール・ポパーによる「読むことは、人間の知的発達における重大な出来事」という言葉を重ねて、驚くべき共通性を語っております。

 読書行為について、その意味や価値は人それぞれではありますが、ヴァーチャルな世界での体験がリアルな世界にもたらす恩恵に他なりません。温泉のように約束された癒やしを求める旅であったり、峻厳な山を巡る旅のような体験価値といってもよいでしょう。

 旅行には事前の計画では知ることができない出会いや発見が多々あるように、読書においても、あらすじや書評では得られない、時間のかけ方に応じた体験としての価値があります。紙や電子といったメディア性を問題にすることなく、ご自身の読書体験を深められる方法を選択していただければと思います。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
雑学から一段上の「大人の教養」はいかがですか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

葛飾北斎と応為…画狂の親娘はいかに傑作へと進化したか

葛飾北斎と応為…画狂の親娘はいかに傑作へと進化したか

葛飾北斎と応為~その生涯と作品(1)北斎の画狂人生と名作への進化

浮世絵を中心に日本画においてさまざまな絵画表現の礎を築いた葛飾北斎。『富嶽三十六景』の「神奈川沖浪裏」が特に有名だが、それを描いた70代に至るまでの変遷が実に興味深い。北斎とその娘・応為の作品そして彼らの生涯を深...
収録日:2025/10/29
追加日:2025/12/05
堀口茉純
歴史作家 江戸風俗研究家
2

なぜ空海が現代社会に重要か――新しい社会の創造のために

なぜ空海が現代社会に重要か――新しい社会の創造のために

エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(1)サイバー・フィジカル融合と心身一如

現代社会にとって空海の思想がいかに重要か。AIが仕事の仕組みを変え、超高齢社会が医療の仕組みを変え、高度化する情報・通信ネットワークが生活の仕組みを変えたが、それらによって急激な変化を遂げた現代社会に将来不安が増...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/12
3

健康診断の結果が悪い人が絶対にやってはいけないこと

健康診断の結果が悪い人が絶対にやってはいけないこと

健診結果から考える健康管理・新5カ条(1)血管をより長く守ることが重要な時代

健康診断の結果を現在の「病気の有無」だけに注目するのは、健康管理において不十分である。大事なことは、糖尿病、認知症、脳卒中、心筋梗塞など重篤な病気につながる共通点に着目していくこと。キーワードは「血管」である。...
収録日:2025/01/10
追加日:2025/04/15
野口緑
大阪大学大学院医学系研究科 公衆衛生学 特任准教授
4

重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ

重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ

「重要思考」で考え、伝え、聴き、議論する(1)「重要思考」のエッセンス

「重要思考」で考え、伝え、聴き、そして会話・議論する――三谷宏治氏が著書『一瞬で大切なことを伝える技術』の中で提唱した「重要思考」は、大事な論理思考の一つである。近年、「ロジカルシンキング」の重要性が叫ばれるよう...
収録日:2023/10/06
追加日:2024/01/24
三谷宏治
KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授
5

なぜ「何回説明しても伝わらない」のか?鍵は認知の仕組み

なぜ「何回説明しても伝わらない」のか?鍵は認知の仕組み

何回説明しても伝わらない問題と認知科学(1)「スキーマ」問題と認知の仕組み

なぜ「何回説明しても伝わらない」という現象は起こるのか。対人コミュニケーションにおいて誰もが経験する理解や認識の行き違いだが、私たちは同じ言語を使っているのになぜすれ違うのか。この謎について、ベストセラー『「何...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/02
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授