●折にふれて社員に話したこと-素直であれ
最後に、オートモーティブの仕事をしながら社員の皆さんに話した内容を、簡単にご紹介したいと思います。
最初に「素直」ということですね。素直になれば、物事の実相が見えてくる。松下幸之助創業者も、実は生涯にわたって、この素直という言葉と一番たくさん向き合っていたのではないか、と思います。たくさん揮毫しているのですが、この素直という言葉を一番多く書いています。ですから、恐らくお亡くなりになるまで、常に素直でありたいと思っていたのではないかと思います。
●価値観を共有する
次に、「価値観の共有」です。これは、事業をやっていくうえで非常に重要で、皆さんももう十分ご存知と思いますが、人生観は違っても、仕事の価値観は共有できるのだということです。全ての価値観の共有はできないけれど、仕事の価値観は共有できる、というのが私の思いでありまして、各部門の皆さん方に、自分の組織の存在意義、目標、判断の基準を3行ずつ書いてもらいました。このようなことを皆でディスカッションをしたりしたのです。
●組織は人間の集合体である
次は「組織」です。私は組織をつくったり壊したりしましたけれども、結局、組織というものはつくったその日から実は硬直化が始まる、あるいは、肥大化が始まる。ですから、組織の可塑性というか制度疲労は必ず起きるのです。ですから、組織は変化するためにある。しかし、組織は人間の集合体である。人事部長が作る職制表は縦軸と横軸だけですが、実は3次元かもしれないのです。
そして、「情報」です。ずいぶん情報システムを入れました。あるべき組織を作って、情報システムを導入してIT武装しても、そこで働く人々、特にリーダーが古いパラダイムのままだと、逆に変革期よりもかたくなな組織となって、状況は悪化します。これは実は、私はヨーロッパで大失敗をしまして、そのときの思いです。
●風土は知財に優るブラックボックスだ
次に「風土」、風土改革です。風土というのは、文字通り「風」と「土」であって、変わっていくのに気がつかないわけです。その風土の変化とは、よくも悪くもやってきますし、よい風土は漢方薬のようなものだし、悪い風土は、虫歯のように気がつかないうちに抜かなければならない、というものなのです。それから、なぜ風土を大切にしなければいけないかといいますと、これは、実体験から生まれた積み上げなのですが、他社にはこの風土はまねができないのです。自分のところのよい風土というのは目に見えないものですから、まねのできないノウハウであって、知財に優るブラックボックスであると思います。
●「常在現場」で現場を大事にする
それから「現場」です。私はこれを一番うるさく言いました。現場、現場とよく言いますし、政経塾でも「現場主義」とよく言うのですが、「現場とは一体何なのか」ということです。それは、製造現場でも、営業現場でも、技術の現場でもなく、「現場とはお客さまだ」というところまでストロークを伸ばさないと、なかなか「現場」と言えない。つまり、私たちがつくる商品、あるいはサービス、それを評価してくれる場が現場なのです。いろいろなことを教えてくれるのです。ですから、進化のエネルギーというのは、もう現場からしかこない。内部にあるのはコスト、全ての付加価値とチャンスは、外にある。皆さん方の会社はそういうことはないと思いますけれど、規模が大きくなってくると、どうしてもこういうことを言わざるを得ないわけです。
ですから、「常在現場」なのです。これも造語で、「常在戦場」(注:いつも戦場にいる心構えで事をなすこと)からパクったわけですが、これは、松下幸之助創業者が、資料にもあるように、「研究部ハ市場ノ実情ヲ知ル目的ノ為、或期間販売員トシテ支店ニ勤務スルコト」と言っていたのです。つまり、技術屋であっても現場に出なさい。実際にものを売るところを体験しなさいということなのです。その次の、「研究係ト試作係トノ連携ヲ完全ナラシメルコト」。開発した商品はそのまま現場のラインには絶対に流れませんね。その間に試作係がいて、それをきちんとつなぐ役が大事だと、そういうことをおっしゃっているのです。1933(昭和8)年の言葉です。「結局、厳しい追及を受けることによって、進歩向上が生まれてくるのである。そう考えてみれば、厳しいお得意先ほどありがたいということになろうかと思います」。
●感性を磨いて予兆、予感をキャッチする
次は「感性」です。私も、前回お話ししたアメリカPAS社の場合、予兆、予感が働いてもっと早く気がつけばよかったのですが。予測の前に予兆がある。予兆の前に予感がある。この予感は非常に大切です。だから、感性を磨かなければなら...