●日本ならではの「阿吽の呼吸」
Q1 アメリカの工場の失敗についてお話しいただきましたが、基本的に向こうの労働者の質は日本人とは違い、企業に対するロイヤリティも薄いので、以心伝心や阿吽の呼吸は通用しません。それをどうやってまとめて日本式でやっていくかという部分で、大変ご苦労なさったかと思いますが、その点はいかがでしょうか。
佐野 実はアメリカのH社の副社長は、今でもよく覚えているんですが、まず最初の一言は「日本人が経営してるから駄目なんだ」でした。けれども、私がその時「とりあえずこれを直すには日本の技術でなければ無理だ。だから、6カ月間だけ時間をくれ」と言いましたら、「許さん」と言って席を立って行ってしまったんですよ。そのぐらい激しいやり取りが実はありました。やはり、おっしゃったようにアメリカ流の考え方をきちんと教え込まなかった。そのまま松本工場とか、先ほど話に出た佐江戸の工場の日本人がいて、日本的な経営を最初にしようとしたという点に、少し甘いところがあったのは事実です。考え方が全く違いますね。本当におっしゃるとおりで、阿吽の呼吸というのがないんですよ。
●「捨てたもんじゃない」の目で若い人財を育てる
Q2 私は建設業界ですが、いま匠の技というか、それを受け継ぐ若い職人さんがいなくなっているというのがゆゆしき問題です。佐野さんはいろいろ人材を育てていらっしゃいますが、私は今の若い人たちの仕事観のようなものに、すごく危機感を持っています。その辺りはどのようにお感じになりますか。松下幸之助がものづくりであれだけ変えられたのだから、人づくりでもそれが簡単にできるかなと思って、いま一番気になっていることとしてお聞きします。
佐野 やはり、それはありますね。幸之助創業者も、働かない人は3割はいるんだと。だから、それを認めたうえで、上の人がその人たちと一緒に仕事をしなければいけない。こう言っているんですが、実際は、言い方は悪いですが、問題はそのコストですから。その人たちを元気にさせる方法というのは、私は見つけられなかったですね。
人づくりも、やはり一番難しいですね。ただ、若い人は本当に捨てたもんじゃないんですよ。政経塾に入ってくる人も捨てたもんじゃないんですね。変わっている若者が多いですけれども。若い人はやはり求めているんですね。われわれは、例えば、こんなことやったらパワーハラスメントになるだろうというようなところがあるんですが、やり方、言い方によっては、非常に努力をして、自分たちもそれを受け入れる素地というのはあると思います。
「最近の若い人は」という言葉はありますけれど、私はそれは捨てたもんじゃなくて、われわれの考え方、やり方というのをきちんと教え込めば、そんなにおかしなことにはならないと思っています。どうしても駄目な人は、辞めさせるわけにはいかないですから、会社の中のどこかで何らかの仕事をしてもらうしか仕方がないと私は思っています。
●普遍の理念もやり方、伝え方を時代に合わせて変える
Q3 例えば、松下政経塾が設立された頃と、2000年代に入り、いわゆるデジタルの時代になっても、やはり同じような理念が通用するという前提で、塾生に話されたり、政経塾で教授されている中身というのは、変わっていないのでしょうか? それがそのまま通用するということで、継続しておやりになっているのでしょうか。それとも、だいぶ違ってきているのですか。
佐野 松下幸之助創業者ご自身も、「自分の理念が間違っていたら変えなさい」ということをもうはっきりおっしゃっているんです。それから、理念があって、それに対するアプローチの仕方、おろし方は、やはり時代、時代によって違ってきていますね。基本的なところは変えないけれども、やり方とか方法とか話し方などは、やはり変えていかなければいけないと思っています。
●意識づけには、まず健全な危機感を醸成する
Q4 何か改革をするときに、例えば、体制とかシステムを変えるのは比較的簡単で、意識の変化の方が一番難しいと思うのです。意識や理念そのものは、松下幸之助さんが打ち出したものがあるとして、それをどのように社員の人に浸透させるのか、具体的にどういう試みをしたのでしょうか。
佐野 今日は申し上げなかったですが、私はやはり、不安をあおる危機感ではなく、健全な危機感を醸成することが、まず一番大事だと思いますね。皆さん、やはり生活しているし、家庭を持っているし、そういうことが一番重要じゃないかなと、一言で言えば、そう思います。