●2016年の幕切れは顕著な保護主義的傾向
新年明けましておめでとうございます。昨年(2016年)は年の暮れ近くになって、国際的にもいわゆる保護主義の動きがきわめて顕著になり、いろいろと不安を抱く一年だったのではないでしょうか。イギリスのEU離脱(BREXIT)があり、12月のオーストリア大統領選では中道左派が勝ったわけですが、イタリアでは国民投票で憲法改正案が否決されたことで、国粋主義的な政党の勝利と受けとめられています。
何しろ、最大の動きはアメリカです。世界の中で圧倒的に強いアメリカではなくなったけれども、まだまだ世界を引っ張る国であるアメリカで、ドナルド・トランプ氏のような人が出てきました。今のところ皆、トランプ氏の情報を集めようとしているわけですが、やはり「これからどうなるかちょっと分からない」というのが大勢の考えるところで、もしかしたら、トランプ氏自身も全体的にどうなるかということは分かっていないのかもしれない、という思いすらあります。
●低成長化時代-イノベーションによる生産性向上が鍵
そういう意味では、不安な面は非常に大きいのですが、一つお話ししておきたいことがあります。昨年の8月、9月に相次いで経済に関する非常に良い本が出版され、それぞれベストセラーになりました。一つは吉川洋先生の『人口と日本経済 - 長寿、イノベーション、経済成長』(中央公論社)という本で、もう一つは水野和夫先生の『株式会社の終焉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)という本です。また、私事で恐縮ですが、『新ビジョン2050 地球温暖化、少子高齢化は克服できる』(日経BP社)という私の本も10月に出ています。
この三冊を読んでみると共通点があり、経済、あるいは地球といったものに対する現状認識が極めて似ているのです。水野先生は、資本主義は中心と周辺からできていて、その周辺への拡大が終わったとして経済の成長は止まるという考えをお持ちで、今度はもっとゆっくりと地域を見るという発想です。成長を求めないという時代が中世にあったのですが、その「中世に戻る」というのが水野先生の仰っていることです。
吉川先生は、経済成長が止まってきているという事実の認識はまったく同じですが、未来に対してもう少し明るい言い方をされています。1955年から1970年にかけて、日本は高度成長の真っただ中にあったわけで、年率に換算して約9.6パーセントの成長をしてきました。これは皆さんよくご存じの話ですが、そのうちで労働人口の増大は年率約1.3パーセント程度に過ぎず、残り約8.3パーセントは、労働生産性その他の生産性の向上なのです。これから人口減少時代に入るわけですが、人口減少そのものは何の問題もなく、イノベーションが起こるかどうかが問題だ、というのが吉川先生の主張なのです。
●2017年、飽和状態からプラチナ社会へ舵をきる
こうした経済学者が唱える「低成長化」ということを私のような科学技術者から見ると、それは「飽和」、あるいは「世界の飽和」ということです。私は著書の中で、「人口の飽和」「人工物の飽和」「物質の飽和」ということで、飽和がキーワードであるという言い方をしてきたのですが、そのことと低成長化はほぼ完全に符合すると思います。
そして、私はその先どうすればいいかということで、「プラチナ社会」というものを提案してきました。それは、新しい質を求めるということで、ただ長生きをするのではなく、もっと誇りのある長生きをしたいというニーズがあるはずだと考えてきました。この新しいクオリティを求めるニーズの周りに新しい産業が生まれる、これがイノベーションだと思うのです。このイノベーションが起これば、人間はもっと豊かでもっと快適な世界へ行けるはずで、私はこの始まりが今年(2017年)だと思うのです。
●眼のついた機械・AIがプラチナ産業を興す
もう少し具体的なことをお話しします。昨年暮れ茨城県日立市に行ったのですが、日立市には日本の三大銅山の一つがありました。しかし、銅の精錬は公害を出すということで、その公害を防止するため山の上に大きな煙突を造ったのです。その煙突をどうやって造ったかというと、一人が7キロほどの生コンクリートを背負って12キロほど上の山まで運ぶのです。皆がよいしょ、よいしょと運んで大煙突を造りました。これが高度成長前の姿です。今だったら千倍くらいの生産性でやりますよね。機械化、自動化が導入されて、さまざまなモノやサービス、例えばテレビや自動車といったものが提供され、生産性が上がることによって経済自体が発展した、というのが経済成長の姿です。
では、これからクオリティを上げていくというときに、何が私たちの力かというと、やはり情報技術であり、今でいうとAI(人工知能)が大きいと思います。テ...