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人と動物のアンバランスな関係を哲学的に考える

東大ハチ公物語―人と犬の関係(3)退廃モデルと補償モデル

一ノ瀬正樹
東京大学名誉教授/武蔵野大学人間科学部人間科学科教授
情報・テキスト
東京大学大学院人文社会系研究科教授・一ノ瀬正樹氏が人と動物の関係を哲学的に考察する。一ノ瀬氏は、その関係を語る第1のモデル「退廃モデル」の傾聴すべき点、問題点を挙げつつ、原理的検討と現実的対応の間にはずれがあることを指摘する。そのずれを認識し、現実の中での最善を目指すというのが第2のモデル「補償モデル」だ。(全5話中第3話)
時間:17:46
収録日:2017/04/04
追加日:2017/06/15
タグ:
≪全文≫

●人間と動物の歪み-殺処分、ブリーディングによる虚弱化


 「退廃モデル」に対する補足ですけれども、動物に対する私たち人間のアンバランスで歪んだ態度を省みるとき、「退廃モデル」には傾聴に値するものがあると思うわけです。前回お話しした保健所で殺処分される多くの動物、これはやはり人間と動物との関係の歪みを表しているのではないかと思います。

 それからブリーディングによる虚弱化です。犬はもはや人間なしでは生きていけないわけです。猫の場合は、上野公園などに行ってみると放し飼いというか野良猫がいて、それに餌をやるような方もいて、生き延びています。ただ、野良猫の場合は大変に寿命が短いのですが。いずれにせよ、猫はなんとか生きているわけですが、野良犬となると、まず危険なので大抵は捕獲されてしまいますし、本当に野良犬として生きるということは今はほとんどできません。小型犬をその辺の野原に放して生き延びることができるかといったら、まずもう無理ですね。虚弱になってしまっているわけです。

 ディズニー映画などでも有名なダルメシアンというブチの犬がいますが、あれもブリーディングをしてずっと純血を保っている故に非常に虚弱になってしまって、皮膚病や骨の病気などが非常に頻発するようになっていると言われています。柴犬などもそうです。ブリーディングをすると血が濃くなってしまう率が高いので、虚弱化してしまうのです。

 これは人間の場合も同じですね。血が近い人同士、日本の民法だと三親等以内の結婚は法律でできないわけです。おじさんと姪は結婚できません。いとこ同士はできますが、あまりいとこ同士で結婚はしません。血が近いというのは生物的に難しいところがあるわけです。


●害獣駆除、動物実験も人間と動物の関係の歪みの現れ


 また、害獣の駆除も、人間と動物の歪み、コンフリクトですね。狂牛病や鳥インフルエンザ、それからこの間の新聞に載っていましたが、青森県などでは鹿害がひどいので全県を挙げて鹿を全滅させる、全駆除をしてしまうという方針を固めたということが報道されていました。これも人と動物が一緒に共同して生活するのがとても難しいということの例ですね。これは人間の動物に対する態度のアンバランスさを1つ示しています。一方では犬や猫を擬人化して人間の家族と同様に扱っているのに、鹿が農作物を食い荒らすということになるとハンターを頼んで駆除するのですから、非常にバランスが悪いなと思います。

 それから動物実験。ほとんどの薬品、あるいは食品添加物など、そういうものに動物実験を1回介在させるということになっています。動物実験がいろいろな問題を孕んでいるということは、動物の問題に少しでも関心のある方はすぐお分かりいただけるかと思います。


●肉食の習慣も人間の動物に対する歪んだ態度の1つ


 それから肉食の習慣ですね。実は動物実験や、害獣駆除などで駆除されたり殺されたりする、あるいは保健所で殺処分される動物などと比べると、世界的に見ると圧倒的な倍率で、肉食のために殺されてしまう動物の数は多いわけです。これも一方で犬がかわいいとか、あの小さいイノシシのうり坊はかわいいなどと言っていながら、実は牛や豚を殺しているというのが人間の動物に対する態度なわけですから、これは非常にアンバランスなのではないかと思うわけです。

 こういうアンバランスは、何か自然に対する作為から生まれるもので、今の牛や豚などの食肉を生産するやり方は、非常に人為的な形でやっているわけです。こういうアンバランスは、やはり自然に生きるはずの野生の動物に対する、人間のどこか歪んだ態度の帰結なのではないかとも思えるわけです。

 肉食に関しては私も一度、少し文章を書いたことがあるのです。子豚を産ませるために非常に劣悪な環境で雌豚を飼育するというような問題もあって、肉食を継続するためにはいろいろな負荷を動物たちに与えているということがあります。


●必ず生じる道徳的問題を見て見ぬふりをしてはいけない


 私は率直に言って、こういう問題はある意味では社会の理念の問題であって、なかなか表立って主題化されない、むしろ、されたくないのではないかと思います。要するに自分たちの毎日の生活に何か問題があるということになってしまうからです。実は肉食をしないと決めている方はいるのですが、その方々たちでさえ、こういう動物の利用のような、人間と動物の関係の歪みのようなものに全く巻き込まれていないかというと、そうも言えないわけです。例えば目がアレルギーでかゆいので目薬をさすというときに、やはり目薬は動物実験を経ているわけですし、どこかホテルで人と待ち合わせをするときにロビーでソファーに座ると、そのソファーの革は動物の革を使っているかもしれないわけ...
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