●コンプライアンスにも具体的なストーリーが必要だ
これまで、成功事例と失敗事例を3つずつ見てきました。最後に、以上の事例を踏まえて、コンプライアンスについてまとめてみましょう。コンプライアンスには、物語(ストーリー)が必要です。その中にも、「大きな物語」と「小さなものがたり」があります。
大きな物語というのは、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の楠木建教授が、ベストセラーになった『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社、2010年)の中で書かれていることです。楠木氏によれば、物語性、ストーリーがあることによって経営戦略に求心力が生まれます。経営には、何をすべきか、何をすべきではないかという、メリハリが必要です。この意味で、経営戦略は大きなストーリーだと楠木氏は提唱しています。
それに対して、私がいうストーリー(ものがたり)は、小さいというよりは具体的なエピソードです。例えば、A社の事件で社長がどう決断したのか。B社の創業者が、自分たちが町工場から始めた時の気持ちに、どのようにして戻っていったのか、といったことです。すき家の事例でもストーリーがありました。他方、ストーリーがなかったのがNHKです。何のために自分たちは報道しているのかという、ストーリーがありません。三菱自動車もそうです。何のために自動車をつくっているのかというストーリーが欠けています。こうした具体的なストーリーが、コンプライアンスには必要なのです。
●人に語りたくなるようなものが、本来のコンプライアンスだ
私はこれまで、危機管理やコンプライアンスの実務に携わってきました。テンプレートや書式集に即したものではなく、現場に根差したリスク管理を行っている会社には、さまざまな具体的エピソードが見られます。感動できるような具体的エピソードがある危機管理は、うまくいきます。不祥事も克服できます。そして、今後の不祥事を予防するリスク管理のコンプライアンスも、血の通ったものになるのです。
私は危機管理やコンプライアンスを無味乾燥のものとは見なしていません。むしろ、切れば血が出るような危機管理、みずみずしい生ものとしてのコンプライアンスを提唱します。人に語りたくなるようなものが、本来のコンプライアンスなのです。
先ほどのA社の話もB社の話も、実際には苦しい状況だったはずですが、良いものがたりです。もっと小さなところでも、一人一人の人が悩みながら、しかし自分としては正しいことをやりたいという決断の積み重ねで、企業のコンプライアンスが実現していきます。実務をやっていれば、そうした場面をしばしば体験します。しかし、テンプレートと書式集がコンプライアンスだと思っていれば、そうしたものがたりにはならないし、うまくいきません。
●コンプライアンスを成功させるのは、「なぜ」という視点だ
さらに、経営戦略としての大きな物語(ストーリー)と、個別の小さなものがたり、具体的なエピソードは、実はつながっています。危機管理やコンプライアンスの原動力は、大きな物語としての企業理念にあるからです。自分の会社は何のためにあるのか、私はなぜそこで働いているのか。こうした企業理念に立ち返り、なぜコンプライアンスが必要なのかを考えるのです。したがって、コンプライアンスを実のあるものにするのは、「なぜ」という視点です。これは、ストーリーを考えるということに他なりません。
一人一人の社員が、なぜ今この仕事をしているのか、ふに落ちる、つまり納得する必要があります。また、管理職や役員は、一人一人の社員に納得させる力を持たなくてはなりません。コンプライアンスという言葉を使う必要はなく、自分の言葉でちゃんと社員や部下に説明するということが、むしろコンプライアンスにとって一番大事なことなのです。
●能動的な危機管理、攻めのコンプライアンスは面白い
実際、コンプライアンスや危機管理を、書式集ではなく、ものがたりとして考えると、何より面白くなってきます。「逆境に陥っても、それをV字回復のチャンスに変えてみせよう」「転んでもただでは起きないぞ」、こうしたしたたかさが備わってきます。結局、コンプライアンスはやらされるものではなく、自発的にやるからこそ面白いものになるのです。
毎日、朝から晩まで会社で働いている人なら、そこでやりがいや生きがいを見つけたいし、仕事が面白いといいたいはずです。もうかっているときだけではなく、逆境にあるとき、あるいは将来のリスクを考えるとき、コンプライアンスを実践するとき、そのときにこそ面白くなければ、仕事をする意味がないのではないでしょうか。
私は2010年の著書『それでも企業不祥事が起こる理由』(日本経済新聞出版社)で、「やらされ感のコンプライアンスから、元気...