●アメリカの大企業のようなオーナー経営が重要
―― 大企業の方とお話をすると、いつまでたっても仕事が進まないと感じるので、最近では、小さいけれども力のある企業と一緒に仕事をしようと思っています。そのあたりはいかがでしょう?
柳川 これはまさにおっしゃる通りで、日本の大企業はかなり動きが遅い。でも、大企業だから動きが遅いということはないはずです。ただ、そもそもトップが選ばれる過程も、極めてコンセンサスを重視する形になっています。それによって、スピードがものすごく遅くなってしまいます。これは、非常に大きな課題であります。
これに関しては、アメリカの大企業であれば、日本の感覚でいうところのオーナー会社に、トップの性質が近くなっています。例えば、ジャック・ウェルチのような人は、ほとんどオーナーに近いような活動をしています。その代わりに、駄目だった場合には責任を取るわけです。また、責任を取る期間もかなり長期間にわたります。それから、ストックオプションという形ではありますが、会社の株を持つことで会社のリスクを背負います。
そういう意味では、大企業における経営者像は、日本とアメリカとではだいぶ違っています。アメリカの会社は要するに、日本のオーナー会社に近いのだと思います。その意味でも、オーナー経営の重要性は高いと、私は思います。
もう一つ、アメリカの企業に関しては、日本のオーナー企業のようなファミリービジネスがうまくいっています。これは、以前のシリーズレクチャー(『ファミリービジネスとAI』)でお話ししました。特に、創業者ではなく、二代目や三代目のところで、実はパフォーマンスが高くなっています。
これに関しても研究をしているのですが、だいぶ分かってきたこととして、実証研究においてオーナーシップが非常に重要だということが明らかになってきました。ですから、ご質問でおっしゃっていただいたことは、研究上も裏付けられていると思います。
●自律分散型の小さな組織を全体として束ねるのが大企業の役割
―― 昔は大企業のトップダウンの経営に力があったけれども、今はそれぞれの人が各自で責任を持ってビジネスをする時代だと思います。それに関してはどうでしょうか?
柳川 おっしゃっるように、大企業をいかに小さな組織の集合体にしていくかという、まさにそういうイメージで私も考えています。ですから、大きな会社であっても、全部トップダウンで動かしていくという話ではありません。
自律分散型の小さな組織を作って、そこがある種のリーダーシップを取って動いていく。そして、そういう小さな組織を全体として束ねる。こういう在り方にしないと、大企業は身動きが取れなくなっていくでしょう。
●データセキュリティーには、技術以外の問題も関わってくる
―― ブロックチェーンによって安全性の高い情報記録が可能になるという話がありましたが、セキュリティーの問題に関してどのようにお考えでしょうか?
柳川 申し上げたいポイントは2つあります。1つは、セキュリティーの問題は、国家戦略として考える必要があるということです。データのセキュリティーの問題には、法律や規制が大きく関わってきます。また、データのセキュリティーと裏腹な関係にある、国家安全保障も同時に考えないといけません。これは、企業経営の話とは少し違うレベルですが、国家戦略としてしっかりと考える必要があります。
2点目は、例えばコインチェックの話などを受けて、ブロックチェーン技術がデータセキュリティーとしてどこまで安全かということは、よく疑われています。しかしこれは、正確に捉えるならば、ブロックチェーン技術そのものが問題になったわけではありません。これは、ビットコインと現金とを交換する取引のところで問題が起こりました。
ですから厳密にいうと、問題が起こっているのは、ブロックチェーン技術の外側なのです。サトシ・ナカモトによるビットコインの論文は元々、ビットコインで全ての取引をする社会を想定していました。そこには、ビットコインを現金と交換する仕組みはありません。ですから、全てをブロックチェーン上で行うことができれば、それはある意味で安全なのです。
ただし実際には、ブロックチェーン技術はその中だけで完結することはありません。現状では、ブロックチェーンの外側とのつながりができるわけです。この外側との窓口に関しては、ブロックチェーンがどれだけ発達したとしても、やはりセキュリティー上の危険性を排除することはできません。ブロックチェーン上で無菌状態を作ったとしても、社会に出て行く窓口から菌が入り込むような感じです。
したがって、ブロックチェーン技術がそれ単独では全てを行うことができない以上、必ず社会との窓口が必要...