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米中貿易戦争に見る自由貿易の維持が難しい理由

米中の貿易戦争とその構造的要因~自由貿易の難しさ~

柳川範之
東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授
情報・テキスト
アメリカが保護主義になっているのは、トランプ政権の支持基盤が製造業だという理由だけではない。一方、中国の強硬な姿勢には中国経済の実態が関連している。米中の貿易戦争について、その構造的要因などを踏まえて解説する。
≪全文≫

●自由貿易の安定性が崩れた結果、起こったのが米中の貿易戦争


今回は、アメリカと中国との間で最近起こっている、「貿易戦争」といってもおかしくない激しい紛争について、お話をします。この貿易紛争ではまず、アメリカの方から中国に対して、高い関税をかけるという主張がなされています。それに対して中国も応戦して、報復的な関税や輸入制限措置などを行うと主張をしています。そういうことで、お互いの主張がエスカレートしてきているのが現状です。

 アメリカと中国との間のこの状況は、この先どういう形で進展していくのか、現段階では予測が難しいと思われます。場合によっては、これがもっと激しくなっていくことも、懸念される状況です。というのは、自由貿易はもともと実現するのが難しいものだからです。実は、国際貿易の問題は、学問的には自由貿易が望ましいといわれています。そこで、できるだけお互いに関税をかけず自由な取引をして、良いものが安く手に入るようにしようということで、WTO(世界貿易機関)をはじめとして世界中でいろいろなルールができました。

 しかしながら、先述したように自由貿易は本来、実現が難しいものなのです。それはつまり、一生懸命ルールを作って、一生懸命それを守っていこうとしないと、なかなか維持することが難しいものなのです。そういう意味では、ここしばらく続いた自由貿易の安定性が、さまざまな政治的な理由により少し崩れてしまって、その結果として起こったのが、今回の米中の貿易戦争だと思います。


●生活を脅かされる人々には声を強く上げるインセンティブがある


 このように、自由貿易が望ましいといわれながら、その維持がなかなか難しいのは、なぜなのか。それはやはり、自由貿易によって、ある意味で生活が脅かされる人たち、言い換えると、保護貿易、あるいは海外の製品などに関税がかかることによって守られる人たちが存在するからです。それは結果的には、少数の人だったりするかもしれません。

 そういう意味では、自由貿易は、大多数の人が広く薄く利益を享受していて、少数の人が比較的大きなダメージを受けるということです。全体のプラスとマイナスを合わせると、実はプラスの方が大きいのですが、プラスのメリットを感じている人たちは、それを広く薄くしか感じないので、あまり大きな声を出しません。例えば、消費者は大抵の場合、自由貿易によって安い製品を手に入れることができます。その意味では、誰もが自由貿易のメリットを受けているのですが、それが広くて薄いがために、消費者自由貿易を絶対に実現してほしいという、政治的に強い声を上げることはないでしょう。

 ところが、貿易が自由化されたことによって、例えば海外からの安い製品が手に入るようになると、そうした製品を国内で作っている人、あるいはその製造会社で働いている人は、場合によっては自分の給料が減らされたり、あるいは解雇されたり、ひどいときには会社自体がつぶれてしまったりします。つまり、そういった形で、かなり生活が脅かされることになるのです。

 そうすると、こういった生活が脅かされるという危機感を持っている人たちは、「断固として自由貿易は反対だ」「自分たちが作っているものと同じような海外の製品には高い関税をかけてほしい」という声を強く上げるインセンティブがあるわけです。これはやはり、メリットを受けている人とは格段に違うモチベーションを強く持つことになります。

 したがって、どうしてもダメージを被る人、あるいは損をする人が、大きな声を上げて政治的なプレッシャーをかけるようになるのです。こういった構造を持つことが自由貿易の宿命ということになります。ですから、自由貿易でダメージを受ける人の声が大きくなる、あるいはそういう声を政治的に反映しやすい政権になり、その声を反映した政治家が登場するということになると、どうしても自由貿易に反対する声が強くなるという傾向が出てきてしまうのです。


●アメリカで起きている保護主義的な勢いは強まると予測


 実は、アメリカのトランプ政権の場合には、政権の基盤が比較的、伝統的な製造業が行われている地域、あるいはそこの出身の人たちにウェイトが置かれています。ですから、どちらかというと、そういった人たちの雇用をつくり出すことが、政権のかなり大きな目標になっています。それは、そういう人たちの声を反映した方が自分の政権が評価されたり、あるいは選挙で票を獲得できたりすると考えているからです。

 アメリカ全体からすると、伝統的な製造業はやや衰退産業であると思われており、世界全体で見れば、その生産拠点が中国などに移っている。そのため、アメリカはもう少し、ハイテクビジネス、あるいはサービス産業で稼いで生活した方が、世界全体のバラン...
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