●グローバリズムは格差を拡大させた
―― 本日は、岡本行夫先生と伊藤元重先生に、「グローバリズム、アンチ・グローバリズムの行方を読む」というテーマでお話を頂きたいと思っております。どうぞよろしくお願いします。
グローバリズムは、これまでずっと続いてきました。しかし、米中の対立やヨーロッパの状況を見ていると、最近の傾向として、グローバリズムに対する「アンチ」、つまり対抗し反対するような動きが、かなり強まっているという論調が見受けられます。全体的な感覚としてこれをどのように考えるべきでしょうか。まず岡本先生からお願いいたします。
岡本 ご承知の通り、グローバリズムは1991年にソビエト連邦が崩壊したことで、一気呵成に進みました。ヒト・モノ・カネ・情報・技術についての国境が低くなり、自由に行き来するようになりました。それまでは、「絶対的貧困層」という、1日1ドル90セント以下で生活しなければいけない人たちが世界の約33パーセント、3分の1ほどいました。
それがグローバリズムの進行した10年間で、貧困層は約11パーセントにまで減り、世界経済全体の底上げに大きく寄与したことは間違いありません。しかし最大の問題は、貧乏な人たちの経済的上昇が緩く、金持ち、つまりもともと財を持っていた人たちが、ますます豊かになり、格差が拡大してしまったことです。
●ヒトの移動によるバックラッシュの出現
岡本 もう1つは、国境が低くなったことに伴って、移民や難民の大きな移動が、特にヨーロッパに向かって始まり、それに対して、昔からの住民や既成権益を持っていた人たちが猛烈なバックラッシュを起こしました。それにより、アンチ・グローバリズムが出てきました。
だた、それだけではありません。ちょうどこの時期に、経済のIT化や急激な生産効率の拡大によって、労働が人を選ばなくなりました。そのため、特に製造業で失業する人たちが増えました。そして、この原因がグローバリズムにあり、いずれ海外からの労働者に職を奪われるのではないか、という風潮が出てきました。いわば、グローバリズムが濡れ衣を被せられた形になったのです。
●世界中で独裁者が生まれ、世界が急速に変わっている
岡本 またこれについて、もう1つ論点があります。グローバリズムとは直接関係はないのですが、世界に独裁者が増えたという問題です。習近平主席、ウラジーミル・プーチン大統領、金正恩労働党委員長など、こういった人たちが皆、拡張主義的傾向を持っており、自国の外に出てきたのです。
今申し上げたことは、全て同時に起こっています。そのため、世界は今急速に変わりつつあり、大きな反抗勢力・反抗運動が出てきていると、私は考えています。
●グローバリズムのトリレンマ
―― 伊藤先生は、このグローバリズムというテーマについてどのように考えていらっしゃるでしょうか。
伊藤 少し議論を整理するために、よくいわれる「グローバリズムのトリレンマ」という議論を紹介します。キーワードはグローバリズムと国家主権、そしてデモクラシーです。この3つが同時に理想的な形で実現することがほとんどない、という議論です。
例えば、グローバリズムが前へ出てくると今、岡本先生がおっしゃったように、民主主義的な仕組みにも弱さが出てくるということです。これに関連して、今アメリカでは、2つの、しかしかなり異なることが進行していると考えています。
●中国の台頭によってアメリカは大きな損をしている
伊藤 1つは、やはり貿易やヒトの移動により、それに関して非常に苦い意識を持っている人が増えているというものです。有名な経済学者でMITの教授ディヴィッド・オーター氏――われわれの世界では現在ライジングスターなのですが――は、次のような研究を行いました。
アメリカの製造業で働いている地域が、過去20年間のアメリカに対する中国からの輸出で、どれだけ被害を受けたのかをかなり精緻な形で計算しました。これは単に雇用の減少だけでなく、麻薬の蔓延などの社会的コストをも加味したものです。結果として、アメリカが中国の台頭によって膨大に損をしてきた、ということが明らかになりました。
ところが、中国からモノがたくさん入ってきて実際に損をしているかといえば、そんなことはありません。例えば、ウォルマートで安い商品が買え、シリコンバレーもグローバル化で非常に繁栄しています。あるいは、ニューヨークのウォール街でも、それに基づいてビジネスが行われています。
●製造業への打撃が、保護主義支持を加速させた
伊藤 それに対して、ラスト・ベルトといわれているようなアメリカ中西部や大西洋岸中部地域の製造業中心の地域の人たちからすれば、グローバリズムなど自分たちに良い影響をもたらすものでは全くありませ...