10MTVオピニオン|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録
10MTVオピニオンは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

無限経済成長を目指すなんて、おかしい

人間的魅力とは何か(3)日本人は、今や我利我利亡者だ

情報・テキスト
今、日本人は「幸福病」になってしまった。どこまでも経済成長したい、成功したいという欲望ばかりで生きているように見える。しかし、かつて宗教者たちは、「自我を捨てよ」と説いてきた。なぜ「自我を捨てるのか」。哲学的に苦闘してきた執行氏は、「真の幸福とは、他人に対して願い、祈るものだ」と気づく。「自分の幸せ」ばかりを際限なく求めるありかたは、「我利我利亡者」なのである。(全8話中第3話)
※インタビュアー:神藏孝之(10MTVオピニオン論説主幹)
時間:09:23
収録日:2019/04/05
追加日:2019/06/07
タグ:
キーワード:
≪全文≫

●餓鬼道を推進する現代


―― 経済成長とか効率性とか、そんなことばっかりいっているうちに、駄目になっていったのですね。

執行 そこなんです。その経済と効率です。要は幸福になりたいのです。60年以上、哲学的に悩んで結論づけているのは、日本人は「幸福病」なのです。経済成長したい、成功したいというのは、要は幸福になりたいということです。

 だから、僕が本に書いているのは、とにかく「不幸になってもいい」と思う人生観をみんなが取り入れないと、日本人は立ち直れないということです。みんな失敗しろ、しくじれ、人生は捨てろ、不幸になれ、ということを全部にいっているのです。

 なぜかというと、すべて「幸福になりたい」ということから出ている間違いが、僕は戦後の間違いだと思っているからです。よくよく聖書やお経などを読むと、例えばキリストのような宗教家がいっていたことは、全部「自我を捨てろ」ということです。自我は、本当はなければ駄目なものです。それでも、キリストも釈迦も捨てろという。

 僕も随分悩みました。僕も自我が強い人間ですから。僕は武士道が好きなので、自我で「俺はこう生きる」というので生きようとしている。それなのに僕は非常に昔から宗教家には感応するものがあるわけです。

 それで、宗教も好きだから、宗教の本をたくさん読んでいくと、キリストも釈迦もみんな「自我を捨てろ」という。「ふざけるんじゃない」と思って、ずっと精神的に対決してきました。法然や日蓮にもそうです。それで大人になり、40歳とか50歳になって悟ったことは、「自我を捨てろ」とは、要は「自分の幸福」「自分が幸福になりたい」ということを捨てろといっているのだ、ということです。そう、自分なりに腹に落ちたわけです。

 そのとき気がついたのは、幸福というのは、「他人に対して願い、祈る」概念なのです。だから、考えてみたら「自分が幸福になりたい」というのは、一番戒められていたエゴイズムなのです。「エゴイズム」というと言葉が悪いので、駄目だということは分かる。しかし、これが「幸福」という名に代わると悪い概念ではないので、だから戦後の日本人はみんなそれに飲み込まれてしまったのだと思うのです。

 でもその実態を見たら、要はエゴイズムなのです。仏教でいうと「我利我利亡者」。餓鬼道や修羅道などに落ちた人間を、「我利我利亡者」といいますね。今の日本人は、僕はみんな我利我利亡者だと思う。

 名前はいいませんが、ある有名な人がメディアに出て、「生きているあいだは、みんな好きなことをしなければ駄目ですよ」「楽しまなければ駄目だ」「うまいものを食べなければ駄目だ」などということを話していました。僕も、うまいものは好きです。しかし、うまいものを食べたら「ああ、良かったな」とは思いますが、それを求める心は、僕は餓鬼道だと思う。「うまいものを食べたい、食べたい」とばかり思っているようなものは駄目だ。

 そういう意味では、もう今、テレビは全部、餓鬼道です。そして、餓鬼道を奨励している人が人気もあり、認められてもいますね。名前はいいませんが。


●「親と同じ」が普通だった


―― 「日本人は、今や我利我利亡者だ」「餓鬼道だ」という言葉は、とても印象に残ります。分かりやすいです。

執行 我利我利亡者ですよ、全員。経済成長政策で「豊かになりたい」ということは、僕も分かります。しかし、無限成長を目指すのはおかしい。無限成長なんて、我利我利亡者に決まっているではないですか。成長なら、「どこまで」ということがなければいけない。僕は戦後の失敗は、それがなかったことだと思っています。「GDPも、ここまでいけば満足しましょう」というのが、僕は成長だと思う。給料なら、「いくらもらったら満足するか」を決めることが、僕は豊かさだと思う。

 僕は、何でこんなことを、大きな面していえるかというと、自分が決めているからです。社員も家族もみんな知っているので大手を振っていうのですが、僕は自分の収入は、例えば「ここからもらったら、あとはもらわない」などと、全部決めています。僕は、それが豊かさだと思っているのです。

 なぜなら、誰もがいうように、収入なんて際限がありません。際限がないものに突入する人間のことを、「餓鬼道に落ちた」というわけです。「餓鬼道」というのは、ちょっとした仏教用語です。今の人は、忘れてしまっていますけれども。そして、餓鬼道に落ちた人間のことを「我利我利亡者」という。今、そんなことも知らないですよね、みんな。

―― 知らないですね。

執行 知らないですよ。僕が子どもの頃までは、おばあちゃんなどにいわれました。例えばお菓子でも、決められたもの以上に一つでも取ったら、「お前は我利我利亡者か」「我利我利亡者になるぞ」といわ...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。