●よもやま話がおもしろい
―― エピソードとして、先ほど小林秀雄さんが「知性は勇気のしもべである」とおっしゃったお話がありましたが、例えばほかの方で、執行先生が本で感動して会いに行ったときに、お会いになって魅力を感じられた例はいかがでしょうか。
執行 例えば村松剛ですね。本で知っている村松剛というのは、やはり非常に愛国的で厳しい人間だと思っていました。僕は本を全部読んでいたのですが、本ではそう思うわけです。ところが会うと、何か言葉は少し変なのですが、ものすごく下世話なことを全部知っているのです。これも昔の人のすごさなのですが。
僕が感動したのは、あの人は、ものすごく身内や親族を大切にしているのです。昔だから大家族で、親戚がすごく多くて、親戚のいろいろな人の話がすぐに出る。親戚の誰が、どうしたかという話です。例えば姪っ子の子どもとか、甥っ子の甥とか、もう遠縁ですよね。そういう人たちの話がすごく出て、そういう人たちのことを何でも知っているのです。それで、いつも心配して、心に掛けているわけです。みんな自分の身内としてね。
あの人、大秀才じゃないですか。
―― 大秀才ですね。
執行 大秀才なのです。顔もそうです。僕などは、きっと線が細くて、厳しい人なのだろうなと思って会ってみたら、ものすごく、下世話というとちょっと言葉が悪いのですが、世情に長けていて、日常生活を大切にしている。普通の人が今はもう見たこともないほど、家族とか親戚とか友だちとか、もういろいろな人の下世話な噂にも通暁しているわけです。
誰がどこでどういう失敗してどうだった、ああだった、こうだったとか、そういう話をしてくれるのですが、それを村松剛がやるとすごく新鮮なのです。
―― 新鮮なんですね。
執行 下世話な話が新鮮だっていうのは、僕はあの人だけです。僕ははっきりいうと、世間話って大嫌いなのです。ところが世間話がものすごくおもしろかった「すごい人」が、あの村松剛なのです。
―― おもしろいなあ。
執行 おもしろいんですよ。
―― 妹さん、女優さんですよね。
執行 そう、村松英子ですね。村松英子さんのことはよく知らないのですが、村松剛はすごい。親兄弟なら誰だって分かるでしょうが、本当に遠縁の、自分にちょっとした縁のある人のことを、みんな覚えていて、誰のことでも覚えている。すごいことだと思いました。あれだけの学者で、あれだけの志を持って、いろいろな社会活動をされていた人が、自分の家族関係の人をあれだけ分かっているという人は、いまだかつて一人も会ったことがない。僕が、昔の大家族の家長をやっている人のすごさというものを見た最後の人が、村松剛なのです。
―― なるほど、おもしろいな。
●昔の女性には頭が上がらない
―― 三島由紀夫にもお会いになっていますね。
執行 三島由紀夫には中学校3年生で会って、高校3年生まで毎夏会って、文学論をさせてもらったのです。
―― 先ほどいわれたように、やはりある年代、ご自身が30歳すぎまでのときは、おもしろい人間が市井にもいたし、有名な人にも、有名ではない人にもいっぱいいたわけですね。
執行 いっぱいいました。これは偉いとかそういうことではなく。
―― これがやはり日本の社会の強さなのですね、本来は。
執行 そうです。だから、最近は日本を憂えるなどというものではなくて、日本は終わっていますよ。偉いとか偉くないではなくて、子どもが見ても魅力がある人がいない。その「魅力」とは、僕は声を大にしていっていますが、今の人が大切にしている「優しい」とか「良い」などという問題ではありません。要は「人間としての迫力」です。
女性も、今、女性解放とか何とかいっていますが、昔の女のほうが全然すごいですよ。昔の、世間話をしているようなおかみさんのすごさなんて、今、あれほど強い女性はいないですよ。女性は、昔のほうがずっと強かった。ただ役割分担で、社会的なものには口を出さないということはありましたが、これは別に、女性蔑視や差別という問題とは違って、役割が違うということですからね。
ただ、女性としては、僕は昔の女性のほうが全然強いと思う。うちのおふくろもそうだし、うちのおばあちゃんもそうだった。すごく強い。だから、今のマイホーム主義とは違った意味で、僕などは、おふくろとおばあちゃんの世代だと頭が上がりません。いわれたら、それで終わりです。
―― それは男も女もしっかりしていたわけですね。お互いに支えあう関係ですから。
執行 日本にそれだけの人材がいて、その人たちが日本を支えていたわけです。
―― かつ、お母さんが強くてしっかりしていると、子どももしっかりしますね。
執行 しっかりしていないと、ひっぱたかれるし、怒鳴られるし。
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