●今、松下幸之助なら「心を豊かにする産業」をやっている
―― 執行先生がおっしゃっているのは、今の経済思想のまるっきり逆ですね。
執行 逆かな、僕は。
―― 以前、「今、松下幸之助が生きていたら、『貧困を通しての幸福と繁栄』という」と、おっしゃっていましたね。
執行 僕は松下幸之助なら、そういうと思っています。
―― 確かにそうだなと思います。
執行 だって松下幸之助が唱えているのは、「豊かさ」ですから。「何が豊かか」ということなのです。戦後は、「モノ」です。戦後、昭和21年に「精神」なんていったら、ひっぱたかれるでしょう。だってみんな餓死しているのですから。今は逆です。それぐらい、わからなければダメです。今、松下幸之助みたいな天才が生きていれば、「物質、物質」「贅沢、贅沢」なんて、いうわけがない。
僕はもちろんビジネス的には松下幸之助ほどの天才ではないから思いつきませんが、松下幸之助なら、今はもっと、「心を豊かにする」すごい産業を思いついたと思います。そこが天才たるところです。そうしたビジネスの真似はできませんが、それでも松下幸之助がどういう人かは、わかっていないとダメなのです。
―― そうでしょうね。今なら心を豊かにする産業をやりますよね。
執行 そうです、絶対に。その時代に何が足りないのかをわかっている人が、大実業家です。
―― 確かにそのとおりです。
執行 あの頃の日本なら、松下が電器製品を選ぶのは決まっています。電化に向かう時代ですから。
―― 大衆家電が王様だったわけですよね。だけど今の状況を見たら、やはり松下幸之助はまったく違うことを考えますよね。
執行 もちろんです。あれほどの天才が考えることは僕もわかりませんが、違うことを考えたことだけは、わかります。
―― 豊かさは、ある程度は必要ですが、際限を設けることが大事なところですよね。
執行 その点は、僕は声を大にしていっています。「自分の収入には頭を打て」と。際限がないのですから。仏教用語を使うと、際限がないことを「無間地獄」といいます。今の人は書けないですが、漢字にすると「無の間」です。「無間地獄に、みんな陥るぞ」といっているのです。
自分の収入も、どういう収入を得るかを「必ず決めろ」ということです。僕の大成功した人生の例でいうと、正規で勤めている会社、あるいは経営している会社の給料以外は一円ももらわないことを20歳のときに決めました。これは僕の人生の一番よかった決断の一つだと思っています。お金をもらおうという思想がないから、どんなことでも自由にやれるのです。
―― 自由になりますよね。
執行 何でもできるのです、逆に。
―― それは大きいですよね、そう決めてしまうと。
執行 だから自分の正規の給料だけをもらうと決めました。あとは人間としての務めで親が死んだとき、親の遺産はもらう。自分の生涯の収入は、それだけと決めたのです。だから、あとはもう楽です。
―― 解放されますよね。
執行 欲から解放されるのです。僕も人間だから、いくらでも稼いでいいとなれば、いろいろな迷いが出ると思います、たぶん。今の時代、誘惑ばかりですから。「ああやるといいですよ」「こうやるといいですよ」というような。私は何を聞いても、やる気がありません。宝くじも、当たってももらわないから買いません。期待していませんから、面白いのです。
―― 金融資本主義に惑わされないと、そうとう自由になれるし、豊かになれますよね。株が上がろうが、何がどうなろうと全然関係ない。それよりも時間のほうが、よほど大事ですね。預金通帳を見ていて幸せになれるぐらいなら、こんな簡単なことはありません。それがなれないから、歴史が要るし、哲学が要るし、文学が要るわけです。
執行 そう。僕がこれだけいろいろな本を読み、自分の思想をいろいろな方面に、どんどん固めてこられたのは、要は、生活とか、自分の成功や幸福といったことを考えないからです。それは、もう全部、任せていますから。僕は駄目になったことがないからわかりませんが、自分が食べられればいいのです。人間というのは、料理でさえ、一定量以上は食べられませんから。なぜみんな、お金のことなんか気にするのだろうと、今でも思っています。
●ケインズなどが「成長の上限」を書いておいてくれたら……
―― カネのカルマから解放されると自由になれますし、「効率、効率」ばかりいって、「その先に何があるの?」というのが、今の煮詰まっている状況ですよね。
執行 だから今の日本社会は無間地獄なのです。根本にあるのは、高度経済成長政策です。これは豊かさとかそういう問題ではなく、無間地獄だとわからないとダメです。
―― そこが、一番大きい今の「絵解き」ですよね。相変わらず「G...