●西洋文明やヨーロッパはギリシアから始まったといわれている理由
それでは、西洋文明をさらに深く考えていくに当たって、古代ギリシアという世界の持っていた意味を考えていきたいと思います。
「西洋文明の起源(origin)がそこにあった」とよく言われますが、単純に考えて「どうして?」と思われるはずです。なぜならば、ギリシアに文明が芽生えるさらに2千年ぐらい前からエジプトやメソポタミア文明があったからです。それらの地域とギリシアは非常に近い場所で、ギリシアから見れば先進文明に当たります。
ところが、西洋文明やヨーロッパは、エジプトやメソポタミアから始まったとはいいません。それはなぜかということを考えていきます。
最初に申し上げたように、西洋の持っている「古典」というものは、「そこに戻って、それを模範として、それを自分の中に吸収していく」という意味です。この意味においてギリシア・ラテンだけが古典なのであり、エジプトやメソポタミアは古典とは呼ばれません。
これがヨーロッパというものの一つの意味であり、かつ限界かもしれませんが、後のヨーロッパ中心主義につながっていきます。これは、現在の西ヨーロッパや北アメリカなどが「自分たちは西洋文明を担っている」というときに、アフリカや中近東などの要素は入ってこない、ということの歴史的な根っこを形作っているのです。
例えば、皆さんルネサンスについてはご存じだと思いますが、ルネサンスというのは「再生する」という意味で、後世につけられた単語です。何を再生するかというと、古典です。つまり、ローマやギリシアの文化をもう一回呼び戻し、生まれ変わらせるのがルネサンスの意味です。ルネサンスから始まった近代が現在までつながっているということは、要するにギリシア・ローマのリバイバルが続いているということですね。「もう一度ギリシア・ローマに戻れ」という運動は18世紀や19世紀にも起こり、そのことが繰り返し行われてきました。
●ギリシアに始まったさまざまな学問
起源(origin)を単にイメージの問題と捉えず、現代まで具体的にどうつながっているかを考える上で、古典の中で「学問」と呼ばれるものが受け継いでいるものについて考えていきたいと思います。
これは、西周が19世紀半ばにヨーロッパへ行って、学ぼうと思ったさまざまな学問のどれを見ても全部ギリシアから始まっていると教わった、そういうもののことです。具体的に私たちが現在まで受け継いでいるものを考えると、確かに教科書には「ギリシアが始まり」と書いてあります。
哲学については、皆さんご存じのようにタレス、ピュタゴラス、ソクラテス、プラトンという紀元前6~5世紀の哲学者たちが、現代のような哲学をつくって、それが受け継がれてきたといわれていますが、例えば歴史学を考えると、ヘロドトスやトゥキュディデスといったソクラテスと同時代の人たちがつくりだし、現代でも「歴史とは、そういうものだ」と思われてきているということです。政治学、経済学、心理学、論理学、文芸理論なども、プラトンやアリストテレスの時代にさまざまに生み出されていたものです。もちろん形は少しずつ変わっていますけれども、これらの人文社会系の諸学というものは、ギリシアの時代にほぼ出そろってきたと考えられています。
自然科学については、また回を改めて詳しく検討しますが、やはりまさにこの同じ時代に、哲学の一部として、あるいは哲学と連携する形で発展してきたものです。
医学は、現代でも若い研修医が医者になるときに「ヒッポクラテスの誓い」という誓言を行っているはずです。ヒッポクラテスは多分実在の医者であり、医者はかくあるべきだと最初に示した、最大の医学者であるといわれている人で、ソクラテスの同時代人です。生物学はアリストテレス、幾何学はユークリッドが有名です。ユークリッドは英語読みでギリシア語ではエウクレイデスというのですが、ユークリッドのつくった幾何学は、近代にいたるまで揺るぎない数学の基盤を形作ってきました。天文学のプトレマイオス、物理学のアルキメデスといった人たちも、ただ単に昔の偉い学者というわけではなくて、天文学や物理学の骨格をつくってきました。
それらが発展して現在まで受け継がれているという意味では、この「古典古代」という時代に、私たちが現代まで持っている西洋の学問がほぼ出そろってきたことになります。
●ギリシア・ローマで生まれながら、普遍となった学問の系譜
「西洋の学問」といいましたが、私たちは多分「西洋の」という形容をつけず、単に「大学で勉強している学問」といいます。これは、西洋の学問が普遍的だと言われているからです。西洋だの東洋だのといわなくても、アジアでもアフリカでも「学問は学問であ...