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「世界哲学」の可能性を日本から追求していく

西洋文明の起源から見るグローバル化(6)「世界哲学」

納富信留
東京大学大学院人文社会系研究科教授
情報・テキスト
西洋文明の起源をたどりつつ世界のグローバル化を考えてきたが、現代の位置付けを探るには、ここにいたる全プロセスを俯瞰する必要がある。また、ギリシア・ローマの古典を現代にどう生かすかについても検討が必要だ。日本から「世界哲学」を発信することを通じて「対話」について再度考えてみたい。(全6話中第6話)
≪全文≫

●古典文明を知るのはグローバル化の本質を理解するため


 西洋文明とグローバル化を考える最後の段階になりました。西洋文明の基盤と歴史を見極めることが、現在私たちが巻き込まれているグローバル化の本質を理解することにつながり、そしてグローバル化とは単に国境や地域がなくなった(ニュートラルになった)のではなく、西洋というものをかなりの部分においてみんなで共有し、あるいは共有せざるを得ない状況の中に置かれているということだとお伝えしてきたわけです。

 その場合に、日本人から見るとかなり遠く考えられがちなギリシア・ローマ世界の2千数百年から2千年ぐらい前までの文明を理解しないと、グローバル化の問題について、一番根っこのところは分からないままなのではないかということが、一つ目のポイントでした。

 もう一つは、キリスト教の問題があります。ギリシアとローマの古典文化は、非キリスト教の文化から始まります。ローマ時代にナザレのイエスがキリスト教をつくり、ギリシア語で新約聖書が書かれ、それが徐々にローマ帝国に普及して、最終的には全ローマ帝国キリスト教化します。それが今日までつながったというストーリーなので、私の今回の話からいうと、キリスト教は次の段階の話なので、キリスト教の専門家にきちんとお話しいただきたいように思います。

 いずれにせよ、ギリシア・ローマだけで話が終わるわけではなく、キリスト教、近代科学や産業革命などの問題から現代にいたる図式の中で、現在はどういうところにあるのか。そのことをもう一回振り返らなくてはいけないということになるでしょう。

 ただし、ギリシア・ローマで一番古いところ、あるいは一番古いものがそこにあっただけではなく、実はどの時代にも一旦そこに戻りながら現代の問題を考えるように努めたことに、注意が必要だと思います。


●グローバル化にギリシア・ローマを生かす二つの方向性


 グローバル化を考える上で、ギリシア・ローマをどのように生かせばいいのかについて私自身は、二つぐらいの方向を考えています。

 私はギリシアの専門家なので、まず「ギリシア・ローマ」が実際にどういう文明だったのかをもう少し丁寧に見極めたい。現代に引き継がれている部分でないところ、古代にあったもっと別の可能性、当時の実際の論争状況などをより詳細に見ていくことです。これにより、もしかすると、情報的にやせ細って状態で受け継がれているものの中に、もう少しいいところが見つかるかもしれません。

 現代の西洋文明は、いろいろな点で行き詰ってしまっています。科学技術の制御問題や環境問題、人間の個人主義の問題など、いろいろありますが、そういった問題に対して、もしかしたらギリシア・ローマが、また新たなヒントをくれるかもしれません。そのために、私ももう一度そこに戻って考えるのが一つ目のやり方です。

 もう一つ、日本、東アジアという文化・環境に生まれ育っている私たちには、ギリシアやローマとは違うところから、むしろ対比的に自分たちの在り方を考えていく方法があり得ます。ヨーロッパの中にいるとあまり目に入りませんが、中国やインド、日本には長く共有してきた古典文化があり、私たちは小さい時からそれに慣れ親しんできました。こういったものを見ることによって、ギリシア・ローマを相対化し、私たち自身の視点も相対化することができます。それにより、何が今本当に求められているのか、何が今重要なのかを総合的に考えることができるでしょう。

 つまり、ギリシア・ローマに対する「他者」を想定し、二つの観点から見ていくことで、現代の状況を相対化していく。相対化というのは、固定化しないで別の角度から見ていくことですが、そうすることによって、より生き生きした考え方や生き方を模索するヒントにしようという考え方です。


●西洋対東洋だけでない、多様な軸の在り方を探る


 東洋には漢字文化圏、儒教仏教、さらに和歌等の日本のさまざまな伝統など、いろいろなものがあります。それらがギリシア・ローマとどのように関係するのか、あるいは共通したり、違ったりするのかを考えていくことが、今後もっとなされてもいいと思います。

 さらに、日本・中国というものは、西洋文明に対するそれなりに大きな対立軸ですけれども、アフリカや東南アジア、中南米やネイティヴアメリカといったところにも、それぞれ独自の文化がありました。私たちが「西洋」や「東洋」といったときにこぼれ落ちてしまうようなところをも、丁寧に見ていくことが求められていくと思います。

 つまり、グローバル化を話題にする場合、そういうことを見ない限り、基本的には強いものが勝ってしまう、あるいは多数のものが少数のものを黙らせてしまうことになりかねません。それを避けるため...
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