●TEMPO酸化という方法をセルロースに適用したきっかけ
それでは、CNFの中でも、当研究室が開発したTEMPO酸化型セルロースの調整とナノファイバー化についてお話しします。
もともと私たちの研究室は、ナノファイバーをつくるための研究をしていたわけではありません。これまでにお話しした通り、セルロースは大変反応させづらく、溶かしづらい素材であることを実感していました。その中で、1995年にTEMPO触媒酸化という反応に関して、ある雑誌にオランダの研究グループの投稿が掲載されたことを知りました。
セルロースは非常に反応しにくい素材でしたが、この反応は、スライドに書いてある通り、有機溶剤を使わない水系で、常温常圧で進み、さらに触媒として用いる薬品量も少なくて済むものでした。これは、私たちの体の中の触媒反応、酵素反応に類似した反応だと感じました。その当時のモチベーションとしては、これを用いて何かをつくるというよりも、糖化学の基礎領域を広げられるのではないかと思い、この反応をセルロースやキチンのような糖類に適用してみました。
TEMPOとは、「2,2,6,6テトラメチルピペリジン-1-オキシラジカル」という物質の略称です。これは、市販されていて、水可溶性であり、しかも短期間の変異原性、つまり発ガン性に関する試験であるエームズ試験は陰性であることが報告されています。これを水系で処理すると、セルロースのブドウ糖ユニットにある一級水酸基であるCH2OHが、選択的に酸化され、カルボキシ基のナトリウム塩になることが分かりました。
●TEMPO酸化の適用でセルロースの完全ナノ分散化が可能に
この反応をセルロースに適用したところ、幅が0.03ミリメートル、つまり30マイクロメートルで長さが3ミリメートル程度の製紙用の植物セルロース繊維をTEMPO触媒酸化すると、酸化の前後で繊維の形が変わりませんでした。こちらが酸化前の植物セルロース繊維です。長さ3ミリメートルほど、幅が0.03ミリメートルほどで、繊維の形態を見て取ることができます。これをTEMPO酸化すると、白くはなりますが繊維の形態は維持しています。最初は、カルボキシ基が入ったにもかかわらず水にも溶けず、膨潤もしないので、この反応はあまり面白くないと思っていました。
しかし、分析してみると、カルボキシ基が、元の170倍にまで増えていることが分かりました。しかも、もとの植物セルロース繊維が酸化反応したときに、反応後の物質が水に溶けてしまうと、薬品と繊維を分離するのが非常に難しいのですが、簡単な濾過洗浄で生成した繊維状のTEMPO酸化セルロースを得られることも分かりました。
次のプロセスは、これを水に入れてミキサーで撹拌すると、徐々に膨らんできて、透明で高粘度のゲルになります。最初は、溶けてしまったのではないかと思ったのですが、電子顕微鏡で観察してみると、植物がつくる最小単位のセルロースミクロフィブリル、すなわち幅が3ナノメートルで非常に長いナノファイバーに、一本ずつ分離することができました。世界で初めてセルロースミクロフィブリルまで完全ナノ分散化できることが分かったのです。
そのメカニズムをもう一度確認しましょう。樹木セルロースはスライドで示したような階層構造になっています。セルロース分子に次ぐ最小単位が、セルロースミクロフィブリルという幅が3ナノメートルほどのバイオ系のナノファイバーでした。
TEMPO触媒酸化という水系で常温常圧の酵素反応に類似した反応を通じて、ミクロフィブリルの表面に多くのマイナス荷電を高密度で規則的に入れることができます。それによって、簡単な機械処理でバラバラに3ナノメートル幅のTEMPO酸化ナノファイバーに分離することができるようになりました。
ですので、化学構造としてはセルロースではありません。セルロースを化学処理して、マイナス荷電が入ったナノファイバーといえます。ただし、このマイナス荷電を持った部分はグルコースが酸化されたグルクロン酸という物質で、私たちの体に一般的に存在する物質です。新たにつくられた物質ではないので、生体適合性や安全性という点では十分な素材であると思います。
●TEMPO酸化によって得られるセルロース関連物質の特徴
それでは、このナノファイバーからどのようなものがつくられるのでしょうか。
もちろん、同じカルボキシ基の量ですが、このような繊維状のものから少し解繊すると見た目が少し白いセルロースナノネットワークができます。もう少し撹拌...