●感染率や死亡率の高さ・低さを決める要因は何なのか
―― 先ほど、保健所の特殊性を中心とした、日本のアドバンテージについてお伺いました。その一方で、多くの人が納得感を持って事態を理解するために重要なのが、感染率や死亡率の高さ・低さを決める要因です。イタリア、アメリカ、中国、韓国などの事例もあると思いますが、それを分けるものが分かれば、取り組み方も分かってきて、それに向けて頑張れるように思います。先生の分析からすると、悪く進んでしまったパターンと良く進んだパターンを分けたものは何であったと考えればいいでしょうか。
橋本 これは一口ではいえない、複合的な要因です。例えば、もともとこうした問題にどの程度preparedness(準備)があったのかということも、1つの要因です。例えば、中国や台湾が封じ込めにうまくいったのは、これまでにMARSやSARSで痛い目を見たので、そのための体制があったからです。日本の場合、たまたま保健所がありました。こうしたものがあった場所となかった場所で、事態は分かれました。
その他にも、人口の構成は重要でしょう。イタリアのように高齢者が多い国とそうでない国で、状況は違います。そして、人々の動きがどれくらい多かったのか、少なかったのかという要素もあります。
●公衆衛生系の問題は複合的である
橋本 実は、こうした公衆衛生系の問題は、ウイルスだけではなく、人の行動や社会の構造も含んだ、複合的な要因で決まります。これを私たちの領域では「social determinant of health(健康の社会的決定要因)」というのですが、この複合体で公衆衛生の問題は起こるため、要因のうちの1つを倒したら解決するというものではありません。この点で、考え方はシステムとの複雑系なのです。
―― なるほど。
橋本 これが、公衆衛生と医療を分けるポイントです。公衆衛生は、医療のように、がんの原因を突き止め、それを叩くため抗生剤を1つつくれば治るというような、リニアな問題ではありません。これがやはり、人々には理解しづらく、政治のアジェンダにもつながりにくい原因です。よく「単純化してくれ」と言われるのですが、それができたら苦労はしません。いろいろなステイクホルダーがそれぞれ連携しながら、それぞれが良いと思うものをうまく動かし続けると、先ほど言った「創発性」によって、解決のための取り組みがシステムとして動き出します。
その意味では、もともと公衆衛生は複雑系であり、何かしらのバランスのなかで動いているのです。そこにコロナという外生ショックが加わり、複雑系が崩れ、ぐちゃぐちゃになってしまいました。問題は、これをどうやって再び自己組織化するか、なのです。
―― さらに強化する必要があるのですね。
橋本 そうです。どうやってもう一度、このカオスを自己組織に持っていくのか。この問いに唯一の答えはありません。それぞれが、ある方向を向いて、それぞれが良いと思うものを、お互い意識しながら連携して進めていくしかないのです。それぞれが相互作用して行ったときに初めて、再び自己組織が始まります。少し形而上学的な話になってしまいましたが、この感覚がシェアできるかが重要です。
●衛生観念という日本の特徴と法体系の問題
―― 日本の場合、アドバンテージだったのは、先ほどの保健所の他に衛生観念の高さもあるといわれています。マスクをしろと言われれば、みんな一斉にマスクをし、手洗いをしろと言われれば、手洗いをします。
橋本 その他にも、ハグの風習がないということがありますね。
―― 対して、マイナスだったのは法体系的な部分だと思いますが。
橋本 それは、他の国でも同様の問題があったと思います。そうした意味では、今後は分かっている部分を修正した上で、強みの部分を生かしていくという方針が重要だと思います。そして、まずいと思っていることをいかに防ぐかです。それだけでも違うと思います。最終的な結果として、例えばICU(集中治療室)を増やしたり、ニューヨークなどに倣って日本であれば有明のビッグサイトにベッドを作りましょうというような話に向かってしまうと、解決になりません。これは解決ではなく、起こってしまったことの尻拭いにすぎないのです。
●求められているのは相互のコミュニケーションと信頼・連帯の維持
―― 日本にとって一番まずい部分を、尻拭いではない形で修正するとすれば、そこはどこなのでしょうか。
橋本 繰り返しになってしまうかもしれませんが、いかに人々が自分がやるべきことを理解して動けるようになるか、です。
―― 個々人にかかっているということですね。
橋本 個人だけでなく、組織も含めて、それを実践することです。例えば、レイバーセクターやマーケット、消費者、医療、公衆衛生、政治、行政、行...