●チンパンジーの体に巨大な脳を備えた生物が「ヒト」
―― では、(前回最後におっしゃった)目からウロコの部分をこれからお聞きしていきたいと思います。まず先生が生物学という見地から人間の教育に着目した理由は、どういった点にあるのでしょうか。
井口 それは、こういうことなのです。まず原子生物学から生物をみていくと、徐々に進化していくなかで、体で生きる生物の存在が分かります。体で生きる生物は、もともとは物質の化合物ですよ。地球の表面上に比較的原子番号が小さい、軽い原子があります。そして、原子が結合すると分子になるでしょう。その分子が、いろいろとあるなかで、たまたま繁殖できる化合物となったものを生物と定義したのです。そうした過程を何度も経て、チンパンジーまで進化していきました。
チンパンジーまで進化すると、おそらく神様は、もうこれ以上体の仕組みを良くする余裕はない、後はその生物に心をつけてみようと考えたのでしょう。
高等生物になるとさまざまな行動を取りますが、それは全て、直感でやっている。目の前に何かケダモノが来たと思えば、逃げるか、それとも殺すかは、直感でやるわけです。それを、心がある生物は、それを自分の価値観でやる。そのために、チンパンジーの体に巨大な脳を備えた生物ができたわけです。それが「ヒト」、ホモ・サピエンスです。
●生まれたばかりの子はまだ人間ではない
井口 人間の夫婦が結婚して、赤ちゃんが生まれますね。その時点では、まだ人間の子ではないんです。「ヒト」の子なんです。
―― 生物としての「ヒト」ということですね。
井口 人間が生んだ子が人間の子でないなどと、そんなバカな話はないと思うでしょう。しかし、人間が生んだ子がオオカミに育てられたら、オオカミになってしまうわけです。
―― インドでそのような有名な話がありますね。
井口 だから人間にならないというのは、そういう意味なのです。それが一つ目の目からウロコの点ですね。
●人間だけは人間が育てなければならない
井口 次に、例えばそのオオカミに育てられた新生児がいるとします。その子を人間にするにはどうしたら良いのかというと、しつけと教育。しつけと教育とは、人間が考えることです。人間が生んだ子どもを育てるには、人間の手を借りなければ駄目なんだと。そうしたことは、他の動物にはないわけです。
例えば、ニワトリであれば、餌を機械で与えても、ニワトリはニワトリになるやないですか。人間だけは、人間が育てなければならない。これが、第二の目からウロコの点です。
この二つとも、市民の常識ではまったくありません。ですが、それは本当のことで、私はこんなに面白いことはないと思ったのです。最初に紹介した岡潔さんの生理学的な発言を読んで、さすがは岡潔さんだと思いました。たまたまですが、名前が同じ「潔」で、似とるやないですか。
―― そうですね。
●胎児期にできた脳の隙間は外界からの刺激を受けたときに役立つ
―― そうした経緯で、生物学的教育論に至ったというわけですね。先生は、まさに今おっしゃったように、こちらの本(『人間力を高める脳の育て方・鍛え方』)でも人間の脳のあり方から教育についてまで説いていらっしゃいます。まず人間の脳と、先ほどチンパンジーのお話も出ましたが、その他の生物の脳の決定的な違いは、どこにあると思われますか。
井口 まず万物としては、脳は非常に小さい。少しばかりあって、ほとんどないわけです。万物にある神経系は、副交感神経といって、体をいろいろと動かしたり、臓器をうまく調節するためのもので、ものを考えるためのものではありません。ものを考えるのは、人間が初めてできるようになったわけです。それはどのように仕組まれているかというと、巨大脳なので脳神経細胞がたくさんありますね。結婚して、妊娠すると、胎児は10カ月間ほど胎内にいますが、そのとき、まるっこい神経細胞が、もうすでにあるわけですよ。
―― お母さんのお腹の中で、ということですか。
井口 お腹の中にいるときです。それから、だんだん大きくなって、妊娠6カ月頃にまるっこい神経細胞がまるっこいまま、間隙ができる。「す」が。
―― 隙間(すきま)のことですね。
井口 そう、隙間のことです。そこには、神経細胞そのものは成熟せず、ただ、「す」ができる。それで、今度は生まれたそのときから、外からしつけなどのいろいろな刺激を受けますね。その刺激を受けて、まるっこい神経細胞が突起を出す。その際に、妊娠6カ月から作っていた隙間が役に立つ。もしその隙間がなくぎっしりつまっていたら、突起を出そうにもスペースがないわけです。
―― 神経が伸びていくことができないのですね。
井口 そうです、それでスペースを作っておくと...