●感性脳と知性脳
井口 10歳を越すと、そうしたしつけはやってはいけないよと。
―― 10歳を境に局面が変わるわけですね。
井口 要するに、青年期に入ると新しい脳が動き出すんです。
新しい脳というのは、自分で判断して、自分で意欲を出せという脳なのです。
―― これは脳の仕組みでいうと、まず基本のところが変わると。
井口 だから、10歳までにチンパンジーと同じようなおよそ500ミリリットルの脳が人間化するのですよ。その後、その脳の周りにおよそ1000ミリリットルの脳が追加されるわけです。
―― そこは、うまく動くようになっているんですね。
井口 それが大脳新皮質系というもので、知性の脳です。10歳ぐらいまでに人間化した脳は、感性脳になるわけです。だから、感性と知性です。
―― 10歳くらいで、感性脳はだいたい完成すると考えればよろしいわけですか。
井口 はい、10歳までにだいたい感性脳はできてくる。その大きさもだいたいチンパンジーと同じくらいですが、内容は違います。
●10歳を越えたらしつけは抑えて、自立させたほうが良い
井口 そして、思春期になってから、その周りの知性脳が動き出すんですね。15歳くらいになれば、脳は「自分の判断でやれ。その代わり意欲を出せ」という。つまり、まず古い脳が感性脳で「自分を抑えろ」という。今度は新しい脳が「自分で前に出ろ」という。
まず10歳までに感性脳はできる。その次はそれを基礎として、知性脳として意欲的に物事に取り組むようになる。新しい脳が本来自発的に取り組もうとするときに、親が口出しすると子どもは混乱するわけです。
思春期を過ぎると、脳そのものが自分で取り組もうとしているわけです。それに対して、親が良い・悪いと口出しすると混乱する。よって、しつけは10歳までに全部済ませておいて、それが済んだらかえってしつけを抑える必要があるのです。例えば、「うん、お父さんも意見はあるけどね、学校に行って、おまえ、友だちに聞いてみぃ」という。あるいは「先生は何というかな」とか、「おまえ自身はなんと考えるのか」と返すわけです。「結論が出たら、俺のところに言ってこい。お父さんは黙っとるけんな」という具合に、切り替えなければいけません。それも目からウロコのことです。
―― なるほど。話を整理させていただくと、小さい頃はまさに我慢や抑制を教えることが重要であると。例えば、何時に食事をする、何時に寝るなどの生活のリズムを教えることによって、自己抑制をきちんと身に付け、まだ善悪の判断も何もできないときに習慣のような形で体に染みこませていくのは、幼少の時期だと。
井口 そうです。
―― その次は、前回、体が不自由な人を真似した子どもに厳しく教えるという話にあったように、今度は何が良くて何が悪いかという善悪の価値判断を教えていく。そして、10歳を越えたら、今度はそういうしつけをやめて、「おまえが考えろ」とシフトしていく。つまり、意欲を持たせて、「おまえが考えろ」という形に切り替えていくということですね。
井口 そうです。
●子育て四訓の教え~大事なのは子離れ、親離れ、でも心を離すな~
―― その場合、うまくしつけを受けられた人、つまりきちんと小さいうちに自己抑制を教えられて、善悪も教えられてというステップを踏めた人は良いのですが、もしそれがうまくいかなかった人は、どのようにリカバリーしていけば良いのでしょうか。
井口 うまくいかなかった子どもはいるかもしれませんが、そういうものの言い方ではなくて、大事なのは子離れ、親離れですよ。われわれの時代は、高校に受かって入学するとき、親がついてくるんですよ。それで、「もう来んといて」と言ったわけです。それは独立しようとするということですね。
―― そうですね。
井口 独立しようとすることが当たり前というしつけ、教育をしなきゃいかん。だから、よくいわれるやないですか。「乳児はしっかり肌を離すな。幼児は肌を離せ、手を離すな。少年は手を離せ、目を離すな。青年は目を離せ、心を離すな」と。どうですか。
―― まさにその通りだと思います。最後は心を離さないということになるわけですね。
井口 そう、心を離すなと。こうしたことは、昔からの鉄則なのです。しつけとはそういうもので、いまにそれが分かると。そうすれば、子どもはそのうちちゃんとしてくると。