●アメリカと中国でのダイナミズムは「大国」だから
―― 中国の一般人の給与は、鄧小平の(1992年の)南巡講話から見て40倍くらい上がっていると思います。(1978年の)改革開放から見たら100倍になっている。彼らがアメリカからガサッと技術をリバースしたかは別にして、テンセントもアリババもファーウェイもバイドゥも、みんなうまくやってきたけど、日本はプラットフォーマーとしては、うまくできていない。
1990年代の半ばくらいに日本の半分くらいのGDPだった国が、ここまで大きくなった。このことを考えると、中国共産党の選別の仕組みは、やはり優秀だったという評価でいいでしょうか。
西山 もちろん優秀でもありますが、私自身はこう思っています。すごく月並みな言い方をすると、アメリカと中国は、やはり「大国」なのです。
大国だと何ができるか。先にアメリカの話をすると、特にシリコンバレーみたいなところを見ると、つくづく思います。話が飛躍しますが、少し前に「ネオコンサーバティズム(新保守主義)」というものが話題になりました。そのオリジンはというと、ソ連からやってきたトロツキストです。だから極左です、簡単にいえば。
僕に解説する資格があるか分かりませんが、トロキストは当然、政府の権威を否定する立場です。一方でシリコンバレーはDARPA(国防高等研究計画局)みたいな仕組みがあり、国防省がすごくお金を落としています。中央集権的な政府がものすごくお金を落とし、それが技術への波及効果があったことは、たぶん間違いありません。
他方において、同じコミュニティを構成する人たちのかなりの部分が、無政府主義に近い。インターネットも、もともとそういうものでした。「政府なんか、何なんだ」みたいな人たちです。
その2つの極がダイナミズムを生んでいる。これはたぶん3~4億人いる大きな国だからできるのです。
―― なるほど、大国だからできると。
西山 まったく相容れない人が隣りにいて、狭いところで二人で仲良くやっていくのは無理でしょう。「あいつは一生許さない」ということにしかならない。でも、ある程度広いと、「まあ、あいつはあいつ、俺は俺」となる。
たぶん中国も似たところが、少なくとも過去にはあった。しかもよく言われるように、ほとんど規制がなかったので、自由にやれた。
一方で中国共産党という、すごい集権的な仕組みもある。どうすればそうなるのか。レシピがあるわけではありませんが、結果だけ見ると、やはりある種のダイナミズムがある。すごく競争があって、金儲けもものすごくする。
―― 投資もある。
西山 誰にも拘束されない世界もあるけれど、かたや政府というものもあって、国防総省のDARPAのお金を使うみたいな世界が共存している。
その仕組みそのものを人口規模のまったく違う国に持ってこようとしても難しいと思います。
また中国も、そのバランスをどうするかについて、正解があるわけではない。それはアメリカも同じかもしれません。ひょっとしたら、そのバランスが崩れることがあるかもしれない。現状を見ると、国に寄りすぎて崩れることもあるかもしれません。
ただ過去を見る限り、あれだけ広い国だと、2つの、ある種真逆なシステムを入れて、そのシステムが大きくぶつかる中でダイナミズムが起きている。どちらか片方だと、ソ連のように無政府状態になってしまう。雑駁な言い方すると、それが面白いのではないかと思います。
●大国ではない国がどうやってダイナミズムをつくり大国と向き合うか
―― やはり大国であること、あのサイズが重要ですね。そこで相反するものがぶつかって、渦ができてくる。それがあるからイノベーションが出てくると。
西山 そうだと思います。誰かが強制しているのではない。私がそう思うようになったのは、たまたまネオコンについてまとまった本を読んだ時です。その本がそう書いているわけではないのですが、僕はそのことにすごく感心しました。おそらくそれがダイナミズムを生んでいると。きれいにいえば、異質なものを共有する、あるいは許容している。
―― ただ日本の場合、そのサイズがあまりに小さすぎると。
西山 その国のサイズに応じて、運営せざるを得ない。それは日本もドイツもイギリスも同じです。そうなると比較的、真ん中に集まった社会をつくろうとする。それは避けられないと思います。こんな狭いところで、そんなものを持ち込んだら大変なことになります。
そこまでのサイズがない国なりに、どうやって大きな仕掛けやダイナミズムをつくり、大きな国と向き合うか。デジタルについては、先ほど議論したように、もう単純にアメリカと中国がやっていることをリバースエンジニアリングする。そして「ああ、こういうことをやっているのか」と理解...