●営業の常識は「やられたら倍返し」
―― たとえばキリンビールのシェアを100パーセントにするということは、逆に、アサヒビールやサントリーからすると、それまで自分のビールを使ってくれていた飲み屋さんが、ある日、キリンビールに変わってしまったという局面になります。すると、当然のことながら取り返しにきたり、「あのキリンビールの店をうちにしてやろう」となったりと、お互いにそういう形でやっていくと思います。そのようなときは、どうやって戦っていくのですか?
田村 局地戦ですよね。どのように戦っていくかというと、いろいろなことやりましたが、結局、われわれは「理念」に向かっていますから、いろいろな知恵もわいてくるし、市場のこともよくわかってしまっています。そのため、さまざまな手を打てる。例えば、営業の常識として「やられたら倍返し」というものがあります。
―― やられたら倍返し。
田村 つまり、キリンの店を相手に奪われたら、その2倍の店をキリンが奪い返すのです。A社がキリンの店をひっくり返したら、必ず2倍お返しをする。これは営業として非常に効率的です。キリンの店に手を付けたら2倍の被害を受けるわけですから、相手が二度とキリンの店を奪おうとしないのです。
―― 一瞬、こちらの店が増えたと思ったら、逆転されて、さらに陣地が減ってしまうことになる。
田村 これは絶対の鉄則です。そうすると、次からはもう奪われません。
これは恥ずかしいのであまり言っていないのですが、ビール会社の立て看板がありますね。高知にいたときに、アサヒだったか、キリンの立て看板を捨てて自社の立て看板に替えてしまう事件がありました。小さな、取るに足らない事件ですが、それを見たキリンのセールスが、その日の夜に集まり、キリンの立て看板を100枚ほど積んで、逆にライバルメーカーの立て看板を全部替えていった。「100倍返し」です。これで次からは、そういったことは起きません。そうすると今度は、どんどん攻めることができるわけです。
これは外交など、どの世界でもそうでしょう。相手が強く出たときにこちらが引っ込んでしまうと、失敗します。また相手が弱く出たときにこちらが強く攻めてしまっても失敗します。「やられたら2倍返し」くらいがちょうどいい。すると、誰もこちらに手を出せなくなります。これは、営業の効率が非常に良くなります。
―― やはりタイミングですね。
田村 そうです。即時に対応する。相手にわかるようにすることが必要です。
―― あえて、わかるようにする。
田村 わからせないと意味がないですから。もう手出しをさせない。
●「お金を使わずに、全部キリンにしろ」
田村 名古屋のときには、一気に攻め込みました。これは、やはり「理念」だったのです。名古屋工場でおいしいビールを造っているわけですから、どこにでもキリンが置いてないとお客様がキリンを飲むことができず、お客様に申し訳ない。だから「すべてキリンにしろ」と言いました。ただし、ビールメーカーはすぐにお金を使ってしまうのです。わかりやすいですから
―― キャンペーンなどでおまけが付きますね。グラスがもう1本付いたり。
田村 ほかに契約金などですね。しかし、もうきりがありません。お金はいいビールを造るために使わなければいけないので、「お金を使わずに、全部キリンにしろ」と言ったのです。
―― これは部下からすると、大変な話ですね。
田村 不可能でしょう。だから半年間、無視されていました。けれども、私はそれしか言わないので、だいたい半年後から社員たちが案を考え出すようになります。
―― 半年くらいかかるものなのですね。
田村 だって不可能でしょう。
―― そうですね。部下からすると、いきなり新しく来た上司が「全部取ってこい、しかし金は使うな」と言ってきた。
田村 新しい本部長(田村)に「どうしたらいいのですか?」と聞くと、「それこそが君の考えることだ。私は名古屋のことを全然知らないから頼むよ」と言われるわけです(笑)。
―― なるほど(笑)。
田村 そのことしか言われないと、やはりそこから考え始めるのです。例えば「お金を使わずに全部をキリンにするには、もっと店を回らなければいけない」という考えが出てきます。
また、労働時間を変えないと皆が決めました。これが良かったのです。1日の所定労働時間があるのですが、残業時間も含めて総労働時間は増やしてはいけない、と決めた。
―― 言ってみれば、無理をすれば活動できるけれども、無理をしないということですね。
田村 そう。総労働時間は変えないと決めたのです。これは良かったと思います。すると、それまでかなりあった営業マンの内勤時間が結構を削減し、ほぼゼロにしようとなりました。営業マンの内勤の仕...