●単なる「理念」だけでは組織は一歩も動けない
田村 では、どうしたら「誰かのために役に立っている」と思える環境ができるのか。その方法論ですが、これは「仕事の定義」を変えたのです。
―― 定義を変える、ですか。
田村 会社は「利益追求」ですよね。そうしなければ存続できませんから、当然です。ですが、「利益。利益」と言っても、なかなかうまくいきませんでした。「利益を生む一つ手前」と言ったらいいのか、あるいは「利益より上の概念」と言ったらいいのか、よくわからないのですが、「このような状態ができれば、楽をしても利益がどんどん出てく」という状態をつくる。これは「理念」なのです。
企業には、理念的なものがあります。お客様のため、地域のため、日本のため、社会のため……。そこに向かえばいい。そこへ向かって一生懸命やっていると、お客様のためですから、お客様は支持してくれます。すると、会社の商品が売れるようになるわけです。無理な安売りをしたり、景品をたくさん付けたりしなくても、売れるようになってくる。その理念を実現するのです。
利益を上げるために業務目標があり、組織がマネジメントされています。これはこれであるのですが、それはいったん脇に置いておいて、「自分たちの目標は、理念を実現することだ」とする。まずは、この体系をつくる必要がありわけです。会社の組織とは「約束事」ですから、理念といっても概念なので精神論になってしまいます。これでは組織は、一歩も動けません。
―― 多くの場合、会社に経営理念があったとしても、何かきれいごととして捉えられています。
田村 これでは、一歩も動けません。たんなる精神論ですから。
一方で、利益目標から評価されるシステムがある。ですから、精神論ではなくて、「理念を実現された状態」を具体的に定義する必要あります。「こういう状態があれば地域の人に喜んでもらえる」「真っ先にこの会社のことを思い出される」「何かあったら真っ先に相談する」「真っ先に手を伸ばしてくれる」――このような理念が実現された状態を、具体的に定義する必要があるのです。
―― 例えば、キリンビールの高知支店の場合は、どのような定義だったのですか。
田村 ビールの場合は、わりと簡単なんです。「高知の全県民に、キリンビールが一番おいしいと思ってもらえる、すすんで手に取ってもらえる状態をつくる」ということです。そのためには、どこにでもキリンビールが置いていないと手に取ってくれませんね。
―― 「どこにでも」というのは、酒屋さんにも、飲み屋さんにも、ということですね。
田村 酒屋さんでも、一番いいところに置いていなければ、すすんで手に取ってくれません。探すようではいけない。だから、全ての飲み屋さん、全ての酒屋さんに、いつも一番いいところにいつも置いてある状態をつくる。そうすると、お客様にキリンビールが一番売れていると思ってもらえます。ビールは何でもいい、一番売れているビールが飲みたいという人も多いですからね。これが、理念が実現された状態であり、ビジョンです。決めたのは、それだけです。
●「お客様の心」を変えるには「情報を蓄積せよ」
田村 次に、それを実現しなければいけません。これが難しいわけです。
―― 難しいですね。具体的にはどのようにやられたのですか。
田村 これは、戦略です。まず、リーダーが一人で考える必要あります。どうしたら四国の高知県で、お客様にキリンがいちばんおいしいと思ってもらえるのか。
これはやはり、現場が大事でした。現場に行くと、いろいろな話があります。本当にキリンビールが売れなくなってしまった時期ですから、よく話を聞いていました。「なぜキリンビールが売れなくなったのでしょうか」と。飲み屋さんに行ったら普通のお客様がいますから、「どういう理由でキリンビールからアサヒビールに替わったのですか」といったことをずっと聞いていました。
すると、例えば「自分が子どものころに、本当においしそうに両親が飲んでいた」といった大事な記憶の1シーンになっている話や、あるいは「会社で嫌なことがあっても、家に帰ったら冷えたビールが待っていて、これを飲むと『明日は頑張ろう』と元気になる」という話も聞きました。「大瓶1本300円ですが、すごく大事だ」と。「自分たちの商品はこんなに大事にされていたのか」とわかってくる。あるいは、「ビールの味は大体わからないな」とか、そういったことが、だんだんにわかってくるのです。
また、話を聞くといっても私たちは調査員ではありません。営業ですから、何かしら手を打つのです。手を打って、その後スーパーや店頭の現場をジーッと見るのです。そして来ている女性に声をかけて話を聞くなどして、また手を打ってみる。そして、また...