●「お金がなくても、何とかする」ための方法論
田村 それから、「お金がなくてもなんとかするんだ」という文化が、「理念」から出てきたのです。四国にいたある年の秋、会社の年度決算が芳しくないということで、本社から「それ以上、金を使ってはいけない」という指示がきたことありました。ところが、飲み屋さんを回ると、お金はやはり必要です。什器やグラスなどはメーカー協賛ですから。
お金がないということは、店を回ることができません。そこで、四国ではどうしようかとなりました。本社で使えるお金がなくなったことについては、仕方がありません。しかし、「本社」より大事なのは「理念」であり「四国のお客様」です。
自分たちのできることは全てやると思っても、お金がない。そこで我々は何やったかといえば、それまでもよく市場を回っていたのですが、それまでの3倍くらい回ったのです。
―― 回数を増やしたわけですか。
田村 四国中の飲み屋さんを、猛烈な勢いで回りました。そして店では、「すみません。本社がアホで、金を使ってしまったので今年は金がないのですが」と言うしかない。
―― 率直に言うわけですね。
田村 そうです。なぜなら、約束違反をしているのです。こちらが「お金は出します」と言って店側にお願いしているにもかかわらず、金がないのです。「勘弁してください」と言うと当然、店側に「なんだ」「ふざけるな」と怒られる。
ですが、キリンのセールスマンが、しょっちゅう訪問するわけです。大げさに言うと朝・昼・晩と。「すみません。この分は来年に利子を付けて返します。なんとかお願いします」などとお願いする。やはり人間は怒っても、その相手がしつこく「許してください」「もう勘弁してください」と言い続けると、1、2カ月もすれば諦めてくれます。そして、「仕方がない」「来年は倍返しだぞ」などとは言われたのですけれども、結局、四国はお金がない影響を受けなかったのです。
ところが、四国以外のキリンはどうなったかというと、市場を回らなくなってしまいました。回るとクレームになってしまうので。
―― 普通はそうですね。わざわざ、お金がないのに回っても仕方がないと思ってしまいますね。
田村 お金がないから回らなくなってしまった。キリンビールがなくても、ほかのビールメーカーがありますから、飲み屋さんは困りません。酒屋さんも困らない。「キリンは要らない」となるのです。これの影響は、実は5、6年ありました。
―― その1年、市場を回らなかっただけで。
田村 そうです。キリンは一度信用失ったから。そして5、6年の間、四国とそれ以外の差が決定的についたのです。
この差が出た原因は、優秀なセールスがいたからでもなんでもありません。単に、「心の置き場」が変わっていたからです。四国では、四国のお客様を喜ばせるために、自分たちで工夫して活動するという心です。ほかのエリアは、本社からの指示を忠実にやるという心です。「心」の問題なのです。これだけでもって、決定的に差がついてしまった。やはり、理念に向かっていると、いろいろな工夫が出てくるのです。
―― 本当に大きな差ですね。
田村 決定的な差がついた。こういったことは、随所にあるのです。
●お客様の「内在的な論理」に応えていく
四国のメンバーは、なんとかしようと思って、お店の方に聞くわけです。「わからないから、教えてください」と。ほかの地区は、本社から言ってきたことを忠実にお願いするわけです。「今週は焼酎、来週はウイスキーをお願いします」と。すると相手は、「いい加減にしろ」となるわけです。
高知支店では、とにかくお客様が大事です。お客様に喜んでもらうためには、相手の話をよく聞く。よく「内在的な論理」という言葉を使うのですが、カギは「相手の心」です。相手の心はキリンビールのセールスとは違いますから、これを把握することが非常に大切です。
―― イメージで言うと、例えば、飲み屋さんに行ったときに、料理傾向が、ビールに合うお店もあれば、焼酎に合うお店もあれば、ウイスキーに合うお店もある。それをきちんと把握した上で、たとえ本社からウイスキーだと指示されたとしても、社員が「この店は焼酎だ」と思ったら焼酎を勧めるといったことでしょうか。
田村 それほど高度なことはやりません。
―― そういうことではないのですか。
田村 単純明快にしておかなければ動けません。営業がいて、その下に店頭を回っている契約社員の人が数人いますから。そうではなくて、シンプルに「相手が何を思っているか。飲み屋さんが何を思っているか」を知るということです。
これは1つなんです。やはり、「よく顔を出すセールス、よく顔を出すメーカーがいい」。これだけなんです。これが相手の内在的...