●明治の日本人の「自主自立」の精神に帰れ!
―― 以下の流れでは、それ(日本の本当の良さや理念を、もう一度、企業の中で取り戻し、日本を変えていくこと)をいかに実現していくかという、各論に迫りたいと思います。まずは「やる気のある社員をつくるにはどうすればいいか」ということについてです。これは講演会でも、先生が多くの方から質問されるテーマだということでした。この「やる気」について、どのようにお考えですか?
田村 私はやはり、「自立性」だと思います。
―― 自立ですか。
田村 どうしても「指示待ち」ですよね。私もサラリーマンでしたから、よくわかるんです。入社したときに目標を与えられ、それを達成して評価される。そのシステムでずっとやってきているのです。ですから、「自立性を持て」とよく言われますが、普通は持てないと思います。そうなっていないのです。
自立性を持つと、自分で考えてやらなければいけないので、多少リスクが発生します。失敗したら大変です。しかし言われたことをやっていれば、失敗しても言い訳が立ちます。だから「基本的に、自立性を持つのは非常に難しい」ということが私の経験ではあるのです。
ですが、自立性はどうしても必要だと思います。主体的に考えて行動していくことから、さまざまなイノベーションやクリエイティブなことが生まれ、生産性が高まっていくわけなので。そのため、自立して主体性を持つ人を企業の中でつくり出すことが決定的に大事なのです。
福澤諭吉の書いた『学問のすゝめ』は、明治5年に300万部売れています。当時の日本人の10人に1人が読んだことになる。当時、本は高価なものだったので、回し読みなどもされていたでしょうから、実際はもっと多くの人に読まれていたでしょう。また同時期に『西国立志編』という本が100万部売れています。
―― サミュエル・スマイルズの『自助論』(の翻訳)ですね。
田村 これは両方とも、「自主自立」を謳ったものです。この本が、それだけ売れてしまったということは当時、明治初期の日本人にはそれを受け入れる土壌があったのでしょう。いま、この精神にかえることが重要だと思います。
本来、日本人が持っている「自立の精神」は、企業の力で取り戻すことができるはずです。実際、キリンビールの中でそれが起きたのです。
これは、やはり「理念」に行ったからなんですね。「指示待ち」ではなくて、「お客様に喜んでもらうために、社会のために、地域のために」という視点を持つ。そうすると、一人ひとりが考えなければいけないのです。お客様は、1000人いたら1000通りの違いがあります。自分で考えて、お客様に喜んでもらう。そのためには、どうしたらいいかを考えて、行動していかなければならない。まさに自立性が求められるのです。理念を実現することは、指示やマニュアルに起こせません。
従って、この過程の中で、メンバーたちが立ち上がれたのです。自立できたのです。それは理念に向かっていたからです。
●「理念に向かう」のは「言うは易く、行うは難し」ではないか?
―― ただ、それは一般的には「言うは易く、行うは難し」ではないでしょうか。講演会などでお聞きになった方々も、「先生、それはわかりますが、実際どうやったらいいのでしょうか」という疑問があるのではないでしょうか。社員が燃えてくれたり、自立して動いてくれたり、指示待ちではなくて課題発見型でお客様のために動き始めればいいのだけれども、どうやったらそのような組織になるのかと悩んでいらっしゃる方も多いと思います。うまくできるかできないかの分かれ道は、どこにあるのでしょうか。
田村 最初の一歩を踏み出すかどうかです。踏み出せば、後はものすごく簡単です。
私の本の題名は『キリンビール高知支店の奇跡』となっています。しかし当時のメンバーに「この本を出すから」と聞きましたら、全員がこの表題に反対しました。「奇跡でも何でもない、当たり前のことをやっただけなので、この表題を変えてくれ」と。私もそう思ったのですが、出版社側の要望で、そのままになってしまいましたが。
そのくらい、当たり前のことをやったというだけなのです。それほど労働時間が増えているわけでもないんですよ。要するに、「心の置き方」を変えたのです。組織ですから、上からの指示があります。その指示を、自分たちのできる範囲内で処理していたのです。
―― 例えば高知支店であれば、当然ながら本社からの指示がきますね。
田村 あれをやれ、これをやれと目標がきます。
―― さまざまなキャンペーンなどがきます。
田村 目標設定をされます。そんなものは全部はできるわけはありませんから、自分のできる範囲を自分で決める。その中で、こなしているだけなのです。だから、数...