●自分たちの心に火がついた3つの要因
田村 難しいのは、社内でそのような(理念を実現していくような)構造をつくることです。講演でよく「どうやったら部下にやる気を持たせられるのか」と聞かれますが、実は私は、部下にやる気を持たせようとしていなかったのです。それどころではなくなってしまったのです。あまりにもキリンビールが売れなくなったので。
2年前に当時の(高知支店の)メンバーを集めて、「なぜ私たちは心に火がついたのか」を聞いたことがありました。東海地区のメンバーもそうだったのですが、皆が共通して、3つの点を挙げていました。
1つは、自分たちで考え、自分たちで行動ができたこと。すなわち、自己決定権を完全に持つことができた。これは、当たり前の話です。
2つ目は、リーダーがぶれなかった、組織がぶれなかったということです。組織の一貫性は大事で、これがぶれると非効率になってしまいます。
組織の一貫性があった、リーダーがぶれずに済んだことと、自己決定権を持てたということの原因は同じです。理念と戦略、ビジョンが決まっていたからです。「四国のお客様に、とにかくキリンを飲んで喜んでもらう。そのためには、キリンビールがどこでもある状態をつくる」。決めたのは、これだけです。後は全部、社員が自分たちで決めて動いていったのです。なぜなら、市場が全部違うから、得意先が全部違うからです。そうすると、完全に自己決定権を持つことができるのです。
それまでは本社の指示の奴隷でした。本社の指示はいろいろとあります。キャンペーンや商品など、いいものもたくさんありました。その奴隷になるのではなく、「本社の指示を活用して四国のお客様に喜んでもらい、幸せにするのだ」と考えた。これで、完全に自己決定権を持つことができたのです。上位概念が決まっていたからです。
ぶれずに済んだのも、そのためです。活動内容は頻繁に変わっていました。ただし、変えた理由を説明ができます。「先週より今週のやり方のほうが、お客様は効率的に喜んでくれる。だから変えるのだ」と。これは、部下から見ると全くぶれていません。
本社からいろいろな指示がくることに対しては、「これは徹底してやろう」「これは、そこそこやろう」といったように……。
―― その仕分けをするわけですね。新商品のAキャンペーン、Bキャンペーン、Cキャンペーンと出てきたときに……。
田村 「Cキャンペーンはやるな。Bキャンペーンはほどほどにやろう。Aキャンペーンは徹底してやろう」などということです。現場を回っているうちに、お客様の心がわかってきますから、皆で決めていったのです。
ただ「このキャンペーンはやるな」というケースはほとんどありませんでしたね。だいたい「徹底してやる」か「一応、形だけやっておこう」でした。これも、部下から見ると、まったくぶれていません。リーダーがぶれると、危なくて仕方がないから、メンバーは一生懸命になりません。
それと、3つ目は、情報がオープンになっていたことです。これも大事であって、情報が全然なかったら、心に火がつかないですよね。社内でよくわかったのは、意見の対立があったときに、よく聞いていると、その原因の大部分は、「持っている情報量が違うこと」にあるのです。ですから、情報量をそろえることには意味がある。
メンバーも、高知支店において理念を実現しようと思っています。これは平等なのです。リーダーとメンバーとでは役割が違いますが、その理念を果たすという意味では平等ですから。だから情報を全てオープンにしました。私の持っている情報量と、末端社員の持っている情報量をそろえることをやったのです。これは、平等の原則です。
役割が違っても平等なのだから、自分の意見を述べて議論し、結論を出して、それに主体的に取り組んでいく。この前提は、情報をまったくオープンにしたことです。
この3つでした。(1)自己決定権を持てた、(2)組織がぶれなかった、(3)情報がまったくオープンになっていた。この3つで社員に火がついた。本当のやる気が出た。やはりこれらには理念が絡んでいるのです。
●行動がすべてを解決する
―― リーダーからしても、その理念にまで落とし込むことによって、信念を持ち、ぶれずに行動することができるかもしれないし、情報を全部透明に出してもいいという覚悟もできるかもしれない。どれだけリーダーが真剣に心に落とし込んでいるかが重要になってきますね。
田村 そうです。リーダーが考え抜かなければいけないでしょうね。これはリスクがありますから。上層部の言う通りにやっていたほうが安全です。しかしやはりリーダーには、会社の使命や理念、「何のために自分は仕事をしているのか」について考える責任があるでしょう。それを考えて、...