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空海が『声字実相義』で持ち出した「複合語の論理」とは

世界の語り方、日本の語り方(3)〈ことば〉を解き放つ

中島隆博
東京大学東洋文化研究所 教授
情報・テキスト
空海
語学の天才・空海は、サンスクリット語の「複合語の論理」を当てはめて、「声字実相」の関係を説こうとした。現代の日本語は、その延長上で使われる。ことばの想像スイッチを入れる複合語の秘密とは?(2019年2月14日開催日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「世界の語り方、日本の語り方」より、全9話中第3話)
時間:06:31
収録日:2019/02/14
追加日:2019/07/31
キーワード:
≪全文≫

●ことばと想像力の次元を結ぶ『声字実相義』


 空海には『声字実相義』という、とんでもなく面白い、突き抜けたテキストがあります。タイトルをご覧いただくと分かるように、声と文字と実相(リアリティー)が別物ではないことを説いています。普通われわれはそれらを区別しており、特に言語学になじんだ人たちであれば、音と書かれた文字、それらが指し示す対象としての現実のものは違うものだと考えています。

 例えば、「黄色い白線」は現実にはありません。「黄色」と「白線」が矛盾しているので、リアリティーがないわけです。あるいは、麒麟(動物園にいるキリンではなく)や龍(ドラゴン)など、想像上の生物もいます。われわれはすぐに、「あんなものはない」と断定しがちですが、本当にそれでいいのかと空海は問うているわけです。

 私たちの世界はそれほど単純なものではない。麒麟や龍のような想像的な次元は現実に貼り付いているのだという感覚を、空海は持つわけです。もしもそれが持てなければ、例えば「仏」はどうなりますか。あるいは、「仏を信じる」とは何をすることですか。全てが意味を失ってしまうわけだから、想像力の次元を何としても私たちの中に確保しなければいけないと、空海は言いました。


●「パソコン」からも見直すことができる複合語



 このことについて、小林氏が話をうまく運んでくれました。空海が『声字実相義』で持ち出しているのはサンスクリット語の「複合語の論理」ではないかというのです。「複合語(compound)」では、異なる概念を一緒くたにする、ということが起こります。

 今の日本語では、例えば「パソコン」などがそうです。「パーソナルコンピュータ」の略称が「パソコン」になったわけですが、「パーソナル」と「コンピュータ」の間には何も関係はありません。でも、われわれはそれらを一つにした「パソコン」という概念を理解できてしまいます。

 このような「compoundな在り方」は、どの言語にもあります。この「複合語(compound)の論理」が、実は私たちの現実に貫徹しているのではないか、ということです。


●マルチリンガルな人・空海の使った「複合語の論理」


 空海はマルチリンガルな人で、サンスクリット語、中国語(当時の中国語と古典中国語の両方)、それから当時の日本語がどんな形だったかはよく分かりませんが日本語も使いました。彼は複数の言語を同時に操り、その中を生きていたのです。

 複数の言語の中を生きるのは案外難しく、それらを複合しなければ生きていけなくなります。普通は一個の言語から別の言語へスイッチしていくでしょう。でも、マルチリンガルな人はスイッチしないで、それらをcompoundしてしまう。空海は多分、そういう想像力や頭の使い方をしていたのだろうと思います。

 「即身成仏」や「色即是空」のような言い方について、小林氏が面白い解釈をしています。どちらも「即」が「つなげる」を表していて、「つなげる」のはcompoundの論理そのものだが、空海の場合はあくまでも実践の論理なのだというのです。

 単に頭の中で操作して、くっつけるのではなく、実践をして初めてそれがつながっていく。空海は、多分そのことを理解していたのだろう。だから、言語に対する彼の考え方は、言語学者が言語について議論しているのとは、まったく違う。それは、仏教の実践と深く結び付いた「即」なのである、というわけです。
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