●エリートの実情を無視した働き方改革は「亡国の論理」
―― 「日本で何が一番不足しているかといえば、経営者人材だ」という(三枝さんがこれまでなされてきた)ご指摘は、まさにその通りです。バブル崩壊前から、もう実は経営者人材を育てる手法がなかったのだ、ということですね。
三枝 世界で戦っていくのに十分に伸びていった時代がずっと続きました。そしてその後、バブルですごくリッチになって、アメリカ人からうらやましがられるような経済状況が出てきました。「日本がすごい、すごい」と言われ続けて、日本人自身が本当にそういう論理を信じてしまった部分もあった。「日本の弱さ」というものの認識がなかったですよね。
(その当時)日本人がどんな仕事をしていたのかといえば、猛烈に頑張るのです、夜遅くまで。強烈に頑張るのだけれども、ものが決まらない。ものが決まらないのですが、アメリカ人よりも2倍くらい働くものだから、2倍遅くやっても、かなり早くできる。
―― なるほど。2倍遅くやっても、2倍以上働いてるから。
三枝 物量で日本人は完全に勝っていましたから。労働の物量でね。こっちが倍働いたら、それはアメリカに対抗できますよ。だから日本の最大の武器は、やっぱりハードワークだったのです。
ところが、バブルがはじけて、日米交渉の中での労働省の交渉だったと思いますけれども、「日本人の働き過ぎを是正しなければいけない」とプレッシャーがかかった。そこで労働省が譲歩して、「では、働かせないように休みを増やしましょう」ということで(休みを)増やしたんですよ。
日本人のみんなが、「日本人は働き者で勤勉な国民だ」と、もしかすると今でも思っているのではないかと思います。ところが、最近の数字を見ていないのでわからないのですが、1990年代前半に、アメリカ人の平均労働時間と日本人の平均労働時間が逆転しているのです。つまり、日本人が働き者だなんていうのはね、もうとっくに嘘になっている。
だから、今の働き方改革が始まったときに、私は「これは亡国の論理だ」と思いました。アメリカで時間給などで働いているような人たちと、いわゆるエリート層とを一緒くたにしてしまっている。
(アメリカの)エリート層が時間で働いているかといえば、ベンチャー経営者にせよ、何かの研究者にせよ、彼らは決まった労働時間なんかなしに、いくらでも目的を果たすために働くわけです。家にも仕事を持って帰る。「アメリカ人が家に仕事を持って帰らない」なんて嘘です。エリート層は、みんな家に(仕事を)持って帰って、夜でも、あるいは週末でも働きますよ。もちろん、多少は家族とのつきあいはやりますけれども。
ところが、今回の働き方改革というのは、日本のエリート層を「労働者扱い」しているのです。残業時間が多すぎたら、会社でものすごい叱られる。あんまり残業が多いと、労働基準監督署から警告がくると言って、「みんなの労働時間」を減らしている。これは違うのです。「ワークもライフも大事だけども、働くエリートはものすごく働く」という(アメリカのような)国に、ますます勝てなくなってしまっています。
日本人のエリート層で、国を新しい方向に率いていくべき人間に、労働時間の枷(かせ)をはめて、国が働き方改革などということは、余計なお世話なんですよ。
ベンチャーを中心にしたアメリカの経済的な反撃、1990年で日本が落っこちてアメリカが突如として元気になるというメガトレンドの、アメリカにおける牽引役は誰だったか。エリートです。その人たちはプロ意識が強くて、「個人の勝負」なのです。
―― 個人の勝負ですね。
三枝 一方、日本の大企業が典型的ですが、大企業ではプロは殺されるのです。みんなで寄ってたかって、出る杭は打たれるでね。ところが、個人の勝負でプロの技量を磨くという人たちが、アメリカの停滞を打破する道を見つけたのです。
しかし、日本ではプロが育ちにくい組織が、だんだん、だんだんリッチになっていって、そして突出力がない「サラリーマン化」がどんどん進んでいき、組織としての尖ったところの「尖り度合い」で完全にアメリカに負けてしまいました。
●アメリカ人のほうが「トヨタ生産方式」を応用・活用している
三枝 基本的に日本が、いわゆる技術と工業力において世界で一流、トップクラスだということは迷信になりつつあると、私は思います。ものづくりだってそうです。ものづくりで良質で低価なものを世界に供給していくという工場をあれほどつくったけれども、この手法は完全にまねられた。「トヨタ生産方式がどうのこうの」などということは、アメリカ人のほうが滔々(とうとう)と色々なことを言いますよ。日本人で、それを知らない人がまだいますからね。
―― トヨタは(トヨタ生産...