●基本感情の中で怒りだけは他者がいて初めて生まれる感情
今回は怒りの抑え方についてお話しします。
人によって、怒りのツボはさまざまですが、多くの人が共通して怒る状況もあるようです。アメリカの研究者は、次の9つの状況で人は怒りを感じやすいと述べています。
生命や身体を守るとき。侮辱されたとき。愛する家族を守るとき。自身の居場所を守るとき。友人を守るとき。社会の秩序を守るとき。資源が奪われそうなとき。自分の属する集団を守るとき。自由に移動できないとき。これらの9つが多くの人が怒りを感じる状況です。
これらの単語の頭文字を並べると、LIFE MORTS(=人生の致命傷)となるので英語圏の人には覚えやすいようです。「生命と身体」、「名誉」、「家族」、「自分が属する社会集団」、「なわばり」、「友人」、「資源」、「社会的正義」が脅かされたときに、ほとんどの人が怒りを感じるのは、そのまま放置しておくと、これらがまさに自分の人生の致命傷(LIFE MORTS)になり得る状況だからです。つまり、怒りとは自分や周りの者が脅威を与えられたときに対抗しようとする反応なのです。
したがって、怒りは縄張りを守ろうとする本能が起源だと考える説もあります。カッとして我を忘れるという反応には、生命や自分の身の回りの大切なものを守るという適応的な意味があり、多くの動物にも観察されています。このように、怒りは自分や自分の周りのものや人を守るために重要なのですが、実は社会的な存在にしか怒りは向けられません。
人間の感情はさまざまですが、喜怒哀楽の4つに怖い、気持ち悪い、驚いた、を加えて「基本感情」と呼びます。基本感情と呼ばれるのは、どの国のどの年齢の人も同じようにこのような感情を感じるためです。それに対して、侘び寂びや韓国語の「恨(ハン)」は、文化によって異なる独特なものなので、「派生感情」と呼ばれます。
基本感情のうち、怒り以外はモノにも向けられます。くじに当たれば嬉しく感じて喜びますし、大事にしていたものが壊れると悲しくなります。道端で目にしたイヌの糞によって不快な気分や嫌悪感を引き起こされ、イヌに吠えられれば怖い思いをします。
また、突然の雷に驚くこともありますが、物や自然現象に対して怒りを感じることはほとんどありません。でこぼこした道につまずいて転んでも、その怒りを道路にぶつけることはできません。転んで起こった怒りのはけ口を、道を整備・管理すべき人に求めるのが関の山です。つまり、基本感情の中でも、怒りだけは他者がいて初めて生まれる感情なのです。いい換えれば、他人とのコミュニケーション状況に特化した感情といえるかもしれません。
●怒りを鎮めるためには自分を客観化することが重要
怒りは自身や周りの人を守る反応ですが、社会の中で頻繁に怒る人は煙たがられます。そして、怒りを抑えられず暴力を振るうと、大きな問題になります。また、怒っているときは不快です。どのようにすればうまく怒りを抑えられるでしょうか。体を仰向けにしてもある程度効果はありますが、職場や家の外ではなかなかそうした対策は実践できません。
さまざまな研究が行われた結果、いくつかの有効な方法が発見されました。まず一つは、自分が怒っている状況を客観的にながめると、怒りが鎮まることが分かりました。
米国のある実験では、実験参加者にクイズを出題し、クイズの答えを別室にいる出題者にインターフォンを用いて解答してもらいました。しかし、何回かに一度の割合で、実験参加者は出題者から「何と答えているのか聞こえません。答えが分からないのですか」と罵倒されました。その結果、実験参加者は怒りを感じました。
実は、この実験の参加者は、3つのグループに分けられていました。第一のグループは、「先ほどのクイズのことを思い出して、自分が同じことをもう一度しているように想像してください」と指示されました。
第二のグループは、「心の目で、今居る場所から離れて、遠くに行ってください。そしてその遠いところから、あなたがクイズに解答していたにもかかわらず、出題者から罵倒されている場面を想像してください」といわれました。幽体離脱をして、遠くから自分の様子を見るというような状況です。
第三のグループは何もせずに、つぎの段階に進みました。
次に、どのグループの人にも先ほどの出題者との早押しクイズに参加してもらいました。勝てば出題者に不快な爆音を与えることができました。爆音の大きさや爆音を与える時間の長さは自由に選ぶことができ、その大きさが攻撃行動の強さとされました。
またアンケートを通じて、どの程度出題者に腹を立てているか調査しました。