●米中間の差異をどう埋めるか
―― ふと思い出したのが、ナチス・ドイツが台頭した当時、周りのフランスやイギリスが当初はナチスに対して宥和政策として、少し平和的な交渉でやっていく道を取るのか、あるいは断固対抗するかのどちらで行くかで、最初は宥和政策をやっていきます。
ヒトラーの『わが闘争』にはいろいろなことが書いてありますが、さすがに権力を取ったらそこまでやらないだろうということで、ある程度平和的にやっていました。しかし、ナチスは書いた通りのことをどんどんやり始めて、最終的には衝突してぶつかっていきます。根本的な価値観の違いが、結局は最後の矛盾までいってしまったということだと思います。
中国とアメリカの間に根本的な矛盾があるとして、これが今後どう解決していくのかについて、先生はどのようにお見立てですか。
小原 これを外交で解決するのはなかなか至難の業だと思います。核心利益の話をしましたが、この核心利益には、国家の主権、安全、発展の利益という決まり文句があり、常に出てきます。これはもう絶対に譲らない、戦争をしてでも守るという核心的な利益なのです。
この中で、「安全」という言葉があります。国家の安全保障という意味もありますが、この安全が何を意味しているかというと、一番大事なのは、政権の安全です。つまり、中国共産党にとって最も大事な核心的な利益は、自らの党の存続と生存なのです。中国共産党の指導する中国を絶対に守っていく、中国共産党が全て指導、領導するのだというのは、習近平としては絶対譲れない部分です。
●「共産党の手」による中国の社会主義市場経済
小原 これは経済にも全部影響してきます。外資系企業などがここ数年非常に危惧していたのは、いわゆる社会主義市場経済です。市場経済の上に社会主義が付いて、国家資本主義などとも言われます。この社会主義は共産党の指導ということです。市場経済はある意味でアダム・スミスが言う「神の手」によって、収まるところ、望ましいところに価格がきちんと市場を決めていきます。
中国の場合には「神の手」ではなくて、「共産党の手」です。要するに、共産党が市場の中に入り込んできます。アリババのジャック・マー氏がそうですが、自由に何かできるわけではありません。やはり市場主義の頭にシャッポとして社会主義の共産党があるわけです。
鄧小平はなるべくそこを分離した形にしていました。しかし、天安門事件が起こって、だんだんそれが難しくなってきた流れの中で、いろいろな問題が起きて、習近平の今があります。
そうなってくると、例えば米中貿易戦争でも、その根底にはそうした政治制度があるので、アメリカが「国有企業に補助金をバンバン出すことをやめろ。おかしい」と言っても、中国からすれば、それは譲れません。
アメリカから文句をつけられて、最近言わなくなりましたが、共産党の主導する社会主義市場経済という話では、「メイド・イン・チャイナ2025」がありました。産業政策でもって重点的にAIや5Gなどのテクノロジー分野をやるぞと言ったら、集中的に国が資本を投下し、法律を整備し、ありとあらゆる優遇策を取って育てます。
それはちゃんとした自由な競争ではないと言っても、それをやめろというのは、ある意味、もう一つの発展の利益にも通じてしまいます。彼らは、「われわれはまだ途上国なので、われわれが発展することについて、あなたは文句言えないよ」となってしまいます。
この途上国の資格もWTOの中にあり、いまだに中国が途上国の条件、資格を持っているのは非常に大きな問題です。
一方で、そうした発展の利益をアメリカが抑えて、自分がナンバーワンであることを維持しようとしているのではないかという疑念もあります。アメリカが介入してきて、構造的な問題に手を突っ込み出すと、自分たちの共産党一党支配という安全、つまり核心的利益が脅かされるので、ここは絶対譲れません。2020年1月のトランプ政権のときに、米中の貿易戦争の第一ステージの合意はできましたが、中身の構造的な問題についてはほとんど進んでいません。
そこは中国がもう一生懸命抵抗しています。その意味でいうと、このギャップは本当に深いのです。まさに新冷戦という形になって、イデオロギー、価値の対立になってきて、最後は相手を倒すしかなくなります。これを「レジームチェンジ」と言って、共産党政権を倒さないといけないとなります。
そうなってくると、向こうも必死になるので、大変な話です。だから、制裁に効果があるのかというと、そこで本当にディールができるのであれば、制裁は効果があります。しかし、全くどんな制裁をかけても絶対譲らないことを目標にしてしまえば、その制裁...