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10分でわかる「イーロン・マスク」

イーロン・マスクの成功哲学(1)マスクが「世界一」になるまで

桑原晃弥
経済・経営ジャーナリスト
情報・テキスト
『イーロン・マスク流「鋼のメンタル」と「すぐやる力」が身につく仕事術』
(桑原晃弥著、プレジデント社)
2022年、フォーブス誌が発表した世界長者番付の一位となったイーロン・マスク。テスラの電気自動車やスペースXのロケット開発などを通じ、革新的なイノベーションを実現してきたことで知られるマスクは、いかにして現在のような唯一無二の存在になったのか。生い立ちから、その偉業までの道のりを解説する。(全7話中第1話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:15:14
収録日:2022/06/22
追加日:2022/08/23
≪全文≫

●壮大なビジョンを実現するイーロン・マスクの行動力


―― 皆さま、こんにちは。

桑原 こんにちは。

―― 本日は桑原晃弥先生にイーロン・マスクについてのお話をいただきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

桑原 よろしくお願いいたします。

―― マスクでございますけれども、スペースXでの宇宙開発や、テスラの電気自動車などが有名ですが、ひと言でいうと、何が凄いのでしょうか。

桑原 このあと年表を使ってお話しさせていただくのですが、アメリカに19歳で渡った時には、学歴もお金も縁故もなにもありませんでした。マスクはそういう状態から自分で会社をつくって、そこで得たお金の全てを次の事業に注ぎ込んでいきました。本来であれば、お金持ちとして、お金を手元に残しながら次の事業に向かうと思いますが、マスクの場合はお金を全て投入して、自分のビジョンを実現するために全身を傾けていく。その凄まじい構想力、行動力がマスクの凄さなのではないかと思います。

―― そうすると、その主な動機はお金儲けではないわけですか。

桑原 そうですね。マスクは、子どもの頃からSFが好きということもあるのですが、「世界を救う」とか「人類を救う」とか、そういう非常に大きな夢を持っていました。そのために自分に何ができるのかということで、例えばITでも非常に傑出した才能を持っていましたが、それでは世界を救えないということで、ロケットや電気自動車など、国家レベルの事業へと進んでいきました。そういう壮大なビジョンを掲げてそこに向かっていく。それがマスクの凄さだと思います。


●南アフリカで生まれ、シリコンバレーへ憧れてアメリカへ渡る


―― ありがとうございます。では、まずはマスクの生涯を見てまいりたいと思います。まず出生からペイパルまでということですが、1971年のお生まれということですね。

桑原 はい。南アフリカで生まれたということで、割と珍しいことだと思うのですが、当時の南アフリカは、アパルトヘイトがあり、まだあまり民主化されていませんでした。ただ、父親がエンジニアだったということもあって、コンピュータやプログラミングに非常に興味を持って、それを独学で学び始めました。そして子どもの頃につくったソフトウェアが雑誌に掲載されて、500ドルを得るという大きな成功も手にしています。

―― 年表を見ますと、1981年にプログラミングを独学しています。10歳ぐらいということですね。

桑原 そうですね。これはGAFAの巨人たちに割と共通することですが、だいたいこのぐらいの頃からプログラミングを独学しています。そうして、傑出した才能を発揮していくということですね。

―― そして、1989年にカナダに移住するということですね。

桑原 はい。これは、南アフリカのアパルトヘイトで、18歳になったら兵役に行くということも多少影響したと思います。もう一つはIT、コンピュータに非常に熱心だったこともあって、いわゆるアメリカンドリームやシリコンバレーへの憧れがあり、アメリカに移住をしたいと。

 最初は父親に相談をするわけですが、反対されます。では自力でということで、母親がカナダの出身で親戚もカナダにいるということでしたので、とにかくまずカナダに移住してしまえと。

 ここで普通の学生であれば留学を考えるはずですが、マスクはそういう手段を取らずに、とにかくカナダに移民として移るという選択肢を取ります。思いついたらすぐに実行するということで、1年かけてカナダ移住の資格を取ってカナダに移り、親戚の家に行きます。

 そして、親戚からの金銭的な援助が一切ない中で、厳しい肉体労働をしながらお金を貯めて、まずカナダのクイーンズ大学に入学しました。そこで優秀な成績による奨学金を得て、アメリカのペンシルバニア大学、スタンフォードの大学院へと進んでいきます。


●「ジップ2」を創業し、ネットバンキング事業へ


―― ただ、スタンフォードの大学院は2日で退学してしまうということですね。

桑原 そうですね。

桑原 これもITの巨人たちは皆よくやっていることですが、この頃に弟のキンバルもちょうどカナダに来ておりました。とにかく二人でお金がなくてもやれるビジネスということで、やっぱりITになるわけですが、そういう会社をつくると。素晴らしいアイデアが思いついて、もう大学院に行っている場合ではないということで、すぐに退学をして、「ジップ2」という会社をつくります。

―― これはどういう会社なのですか。

桑原 これは今でいうところの、グーグルマップとお店の紹介を組み合わせたようなものです。

―― なるほど。

桑原 当時はそういうものはなかったので...
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