●賃金を決定づける4つの要因
今後の日本経済を考える際に重要となってくるものは何か。私は「賃金」だと思っています。
足元で物価が上がってきています。そこで賃金が上がらないとどうなるかというと、実質的な賃金が減少してしまいますから、人々の購買力が低下してしまうわけです。そうすると、節約志向に走り、消費が低迷し、経済が停滞してしまう可能性もある。ですから今後、日本経済が伸びていくためには、持続的な賃金の上昇が必要になってくるわけです。
実際、岸田政権が2023年の年頭に「物価上昇を上回る賃上げを目指す」ということを掲げています。2023年の春闘で、約30年ぶりの賃上げ水準だったということで3.66パーセント賃金が上がったということがいわれています。
1年間の単年度で見ると賃上げが起こっているのかもしれませんが、今後、持続的に賃金が本当に上がるのかどうか。これを考える際には、賃金の決定要因をしっかりと考えていかなければいけません。
賃金の決定要因は、実はいくつかあります。経済学的に考えると、私は4つほどポイントがあると思っています。
1つは、「労働市場の需要と供給のバランス」です。賃金とは、労働市場者の価格です。価格というものは基本的に、需要と供給のバランスで決まってくる。労働の需要が非常に旺盛で供給を上回っている、つまり人手不足の状態になると、賃金は上がりやすい。逆に、人が余れば賃金が上がりにくい。ということで、労働市場の需給バランスが賃金に影響する大きなファクターなのです。
2つ目は何かというと、「労働の生産性」です。経済学では「賃金は労働の生産性と等しくなる」というのが教科書的な説明です。もちろん現実の経済は教科書通りには動きませんが、労働の生産性が賃金の主要な決定要因であるということは間違いありません。これはデータも示しています。
そして、日本の労働市場を考える上で重要なものは「労働市場の構成」です。後ほど詳しく説明させていただきたいと思いますが、日本では今、正規雇用と非正規雇用という2つのタイプの雇用形態があり、この構成が実は賃金に大きな影響を与えています。
最後が「インフレ」です。インフレ=物価が上がると、賃金が上がる。あるいは賃金が上がるから物価が上がる。どちらのパスも考えられます。
今申し上げたように、4つほど賃金決定要因があるわけです。ただ、先ほどから議論をしているように、日本の賃金は約25年間、停滞しています。そうすると、賃金の決定要因に大きく影響しているものは、長期的な要因でしょう。そうなると、この中で「労働の生産性」と「労働市場の構成」が、日本の賃金を考える上で非常に重要になってくるということが分かってきます。
●労働生産性の3つの決定要因、日本は三拍子揃って悪い
そこで、まず労働生産性についてお話させていただきます。日本の労働生産性は、実はOECD(経済協力開発機構)の中であまり芳しい状況ではありません。2021年のデータを見ると、OECDには38カ国加盟していますが、日本の労働生産性の順位は27位で、半分以下です。非常に低い水準になってしまっています。
この労働生産性がどのように推移してきたのかを確認してみたいと思います。表を用意させていただきました。
これは、一橋大学の深尾京司先生の研究を拝借したものです。1970年から、コロナ前の2018年までを約10年刻みで、労働生産性がどのように成長してきたのかを見た表になっています。細かい数字は追いかけませんが、見ていただくと分かるように、労働生産性の伸びが年々、低下をしている姿が分かると思います。
この労働生産性ですが、決定要因が3つほどあります。それは何かというと、1つが「労働の質」です。労働者のクオリティですね。スキルであったり知識であったり、そういったものが上がると生産性は高まるということで、労働の質が労働生産性に影響する1つの要因として挙げられます。
2つ目は、専門用語で「資本装備率」というのですが、それが効いてくる。これはいったい何かというと、「労働者にどういった機械を提供するのか」を表すものだと思っていただけるといいでしょう。分かりやすい例でいうと、そろばんを労働者に渡すのか、あるいはコンピュータを渡すのかで、データの処理スピードが変わるわけです。同じ労働者であっても使う機械によって生産性が変わってくるので、どういった機械を装備させるか。これも労働生産性に効いてくるわけですね。
最後が「TFP」と呼ばれるものです。TFPは「Total Factor Productivity」(全要素生産性)というのですが、「労働の質」「資本の装備率」以外の全てのものが入っている...