●文字社会の成立と律令制
漢字というのは中国語を表すための文字で、日本語とは縁もゆかりもありません。だから、隣にギリシャの都市国家があれば、日本人はギリシャ文字を使ってもよかったし、あるいは隣にローマ帝国があればローマ字を使ってもよかった。そういう点では、われわれが漢字を押しつけられているのは偶然の話で、これを換骨奪胎して万葉仮名に変えて、日本語を表現するようにした、ということは大変な離れ業であったと考えられます。
とにかく、これで「日本語」を完全に書けるようになったわけです。それが奈良時代だということです。この土台に何があったかというと、「律令国家」という当時の古代国家の成立を急いだ社会情勢があったと思われます。
「律令」というのは、簡単にいうと文字で書かれた基本法制のことで、文字で書かれているということが大変大事です。律令の基礎には、たとえば「戸籍」があります。戸籍というのは、現在の呼び方でも戸籍です。それから「計帳」というのは税務台帳で、こういうものを基本にした公文書行政があるわけです。そのため、漢字を十分に使いこなそうとする律令官人たちの長年のトレーニングがありました。これがとくに進んだのが、律令国家草創期ということになります。
国家や社会の秩序維持というものは、文字に頼らなければいけない。文字なしには、日本の社会の秩序維持が1日も保たない。これは今もそうで、文字なしにはバスにも乗れない。もちろん文字のほかにお金がいりますが、基本的には文字なしには社会に参加できない。こういう文字社会というのはこの時期に出てくるわけです。
日本は元々無文字社会であり、日本人が「倭人」と呼ばれた頃は文字など知りませんでした。それが律令国家草創期になって、律令官人たちが公文書を使うことにより、国家・社会の秩序維持を文字に依存するようになった。これはまさに驚天動地の大変化だったことになります。
このような文字社会が土台にあり、律令官人や僧侶などの知識人が漢字と格闘しながら、ついに自分たちの言葉である日本語を書き記せるようになったということになります。
●発音の「回路」で要となったのは唐代詩
そこで次は発音問題として、どうして発音が歴史的に遡れるかという問題に入ります。