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母音は8つ?『古事記』偽書説?…古代日本語をめぐる発見

文明語としての日本語の登場(3)奈良時代の日本語の特徴

釘貫亨
名古屋大学名誉教授
概要・テキスト
『日本語の発音はどう変わってきたか 「てふてふ」から「ちょうちょう」へ、音声史の旅』(釘貫亨著、中公新書)
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カールグレンや有坂秀世の研究が明らかにした奈良時代語の特徴は大きく二つある。一つは「ハヒフヘホ」が「パピプペポ」と発音されていたこと。もう一つは母音が8種類あったことである。これらは明治期に「上代特殊仮名遣い」と命名され、写本の信頼性を見分けるのにも役立っている(全6話中第3話)。
時間:15:24
収録日:2023/12/01
追加日:2024/03/22
≪全文≫

●「ハヒフヘホ」は「パピプペポ」か「カキクケコ」か


 今回は、次の段階でいったいどんなことが明らかになったのかに入ります。

 有坂秀世さんなどの努力によって奈良時代の発音が復元できるようになったことで、どんなことが明らかになったのでしょうか。

 もっとも有名なものの一つが「ハヒフヘホ」の発音でした。「ハヒフヘホ」の発音は、聞かれた方やご存じの方も多いと思いますが、(古代では)「パピプペポ」という発音だったわけです。最初に聞いたときは、だれもが「そんな馬鹿な」「エーッ?」と言います。

 たとえば「ハタ」というのは「パタ」と言うわけです。「ヒト」というのは「ピト」、「フネ」のことを「プネ」と発音した。「エーッ」と、にわかには信じられないことですが、当時使われていた万葉仮名を分析して、唐代長安の都の発音ではどうであったか、という回路を使うとこのようになるのです。

 「ハヒフヘホ」に当たる万葉仮名を唐代長安の都の発音に照らすとどうだったかというと、すべてp音で始まります。「ハタ」や「フネ」というと、現代のわれわれはh音だと思っていますが(「フ」だけは少し違って、f音のかたちになります)、そういう発音を持つ漢字は唐代長安にはなかったのかというと、いくつもあります。

 たとえば「海(カイ)」。われわれは「カイ」と日本の漢字を読んでいますが、中国人はあれを「上海」の「ハイ」と読むわけです。それから「クン」。訓読みの「訓」をわれわれは「クン」と読みますが、中国では「クフン(フン)」といいます。さらに火力の「カ」というのも、「ハ」という発音であったということが分かっています。

 これはどういうことだったかというと、当時(奈良時代)の日本にはhの音が存在しなかった。そのため、中国人の発する「ハイ」「フン」「ハ」という発音は、「ハ」や「ヒ」と聞いても、「カ」や「キ」というふうに聞こえたわけです。

 たとえば、今でもこういうことがあります。「カザフスタン」というのは、「カザクスタン」というような音です。k音とh音というのは聞き間違えるほど、響きがよく似ているわけです。「カ」と「ハ」は、口で発するときにはなかなか区別が難しいですし、聞く分にもよく似ていて、聞き間違えさえ起こる。そういうことなので、原音のh音に接した奈良時代...
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