各国の神話や叙事詩において、英雄と武器は一心同体であり、武器を手放すことが英雄の死や最期を決定づけるという共通の認識が示される。こうした物語の背景とは、いかなるものなのだろうか。また、多くの英雄神話で「喪失」が描かれるが、その一方で、そのような悲劇的な結末とは対照的に、『オデュッセイア』のように知恵を駆使して家族のもとへ帰還するサクセスストーリーも存在する。第7話では、武器を手放す喪失の概念や、多様な家族像を通して、神話に描かれる英雄像の多様性を比較・考察し、私たちが生きていく上でのモデルとしての神話の豊かさとその魅力を解き明かす。(全9話中第7話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●英雄と武器は一心同体、そして死に際しては分かれる
―― (沖田先生に)もう一つお聞きしたいことがあります。先ほど文明の道具としての「弓」の意義(についてのお話)がありましたけれど、英雄神話を語る上で、いわゆるそれぞれが持つ武器ですね。松村先生からもヤマトタケルの剣の話がございました。武器と英雄の組み合わせ――良いペアですよね――がどうなっていくかが非常に重要な物語(の鍵になるというか)、どうやってそれを見つけるか、また、それをどう手放すことになってしまうのかはすごく興味深いところだと思うのですが、そのあたりはいかがですか。
沖田 アルジュナと弓には強い結びつきがあって、「ガーンディーヴァ」という名前がついている弓です。この弓の所有者は「ヴァルナ」という水の神なのですけれど、このヴァルナがアグニという火の神に(弓を)貸して、そのアグニがそれをアルジュナに与えたのです。
アルジュナは『マハーバーラタ』の物語の最後に死んでいくので、死への旅に出かけるのですけれど、その旅に出かけるときにガーンディーヴァの弓を海に投じて、ヴァルナ神に返しているのです。つまり、一心同体でずっと一緒に戦ってきた弓を手放すことが英雄の最期を印象づけていると思います。
そうすると、先ほど松村先生からお話がありましたヤマトタケルも、剣を置いて伊吹山の神に戦いに行っているということで、やはり武器と離れたことが死につながります。そこに共通点が見いだされるんじゃないかと思います。あとはアーサー王ですね。死のときに「エクスカリバー」ですね。剣ですけれど。
―― 名剣ですよね。
沖田 はい。これを湖に返して、それからアヴァロン島に旅立っていくということになっています。(ですから)英雄と武器が一心同体であって、死ぬときにはそれを手放すという、共通した英雄伝承の認識があるのではないかと思います。
―― このあたり、松村先生はいかがですか。
松村 だから、英雄の叙事詩が作られる背景として、誰かがスポンサーにならないとその話はできない。詩人も無償でやるわけにいかない。(つまり)食べなければいけない。そうすると、英雄叙事詩のパトロンは誰かというと、私は戦士層の貴族だと思うのです。
そういう人たちが、農民とか牧畜民とか漁民とか、そういう人たちを支配している。自分たちは、つまり普通の人間とは違う、よ...