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DATE/ 2018.08.15

岡倉天心がひらいた日本近代絵画の道

 岡倉天心というと、英語で『茶の本』を執筆し、日本文化の真髄を海外に知らしめた元祖バイリンガルというイメージを抱く方も多いのではないでしょうか。しかし、東京女子大学名誉教授の大久保喬樹氏は、岡倉天心をして日本の近代美術、近代絵画の進展に寄与した優れた美術運動家であると、高く評価しています。

アーネスト・フェノロサとの運命的出会い

 天心の業績は、国宝制度の制定や国立美術館の設立、東京美術学校(現東京芸術大学)の創立など数多くありますが、その日本の美術行政を開拓したともいえる働きには、アメリカの東洋美術史家で明治政府のお雇い外国人であったアーネスト・フェノロサとの出会いが大きく影響しています。

 明治10年、森鴎外などと一緒に東京大学の第一期生として入学した天心は、そこでフェノロサの講義を受け、卒業後もフェノロサとともに日本美術の調査に携わるようになりました。明治17年には法隆寺夢殿を開扉し、古美術の保存・保護に強く関心を寄せるようになります。彼らの調査、運動がその後、国宝保存法や文化財保護法の制定に受け継がれていったのです。

 また、日本の近代絵画創造という点で、東京美術学校の創設が日本美術史上の大きな節目となりました。天心はそれまでの模倣、模写による絵画修行から写生や創意工夫による制作を中心とする実技教育を重視し、新しい日本絵画創造の道を切り拓いていったのです。

幼い頃から外国の文化になじんでいた天心

 さらに、天心の生涯をさかのぼると、貿易商の父のもと横浜で生まれ育ったという出自も、深く日本の近代美術に貢献することになったきっかけとなっているように思えます。開港地横浜で生糸を扱う貿易商であった父の店には、多くの外国人客が出入りしていたそうです。幼い頃からこうした環境で育った天心は、早くから異国の文化になじみ、自然と日本及び欧米双方の文化に目を向けるようになりました。

 欧米文化に早くから接していたからこそ、安易に欧米礼賛に偏向することはありませんでした。また、中国、インドに半年、時には一年と長く滞在することで、植民地化されていくアジアの現状を見聞きし、アジア諸国の結束の必要性を痛感したのです。このような生い立ち、そして若き日の経験とともに、天心は日本の伝統文化の重要性について確固たる信念を持つようになりました。日本の伝統文化を重視するという天心の考えは、東京美術学校発足にあたり、日本美術専門にした点にも色濃く表れています。

アメリカで日本文化の真髄を発信

 しかし、このような天心の思想、行動は、欧米文化を取り入れることに必死だった明治社会からは逆風を受けることとなります。さらに折悪しく、九鬼男爵夫人との不倫スキャンダルにも巻きこまれた天心は、自らが創設した東京美術学校を追われ、渡米。ボストン美術館等、仕事の場をアメリカに移すこととなりました。

 アメリカでより深く日本文化のあり方を思索することとなった天心は、やがて『茶の本(The Book of Tea)』を英語で発信することになります。茶道を「Tea Ceremony」という単なる作法としてではなく、日本、そして東洋の世界観を内包した「Teaism」として、世界に知らしめたこの本は、世界で大きな反響を呼びました。同時期に発表された新渡戸稲造の『武士道』とともに、世界に日本文化の根本を示したのです。

海辺で暮らした天心の心境とは

 アメリカを主な仕事場とした天心は、休暇の時に日本に戻ってくるという生活を送りましたが、もう東京で活躍するということには興味を示しませんでした。茨城県の五浦(いづら)という人里離れた海岸に家を建て、悠々自適の暮らしをしたのですが、この海のそばで暮らしたということ一つにも、生涯を通して世界と日本、世界の中の日本のあり方を見つめてきた天心のある考えが伺えます。それは、「陸地は国境により分断されているが、大海原を越えていけば、平和のメッセージは全世界に通じていく」というものでした。

 もしかしたら天心には、日本美術、近代絵画が戦禍に見舞われる時代がすぐそこに見えていたのかもしれません。
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