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DATE/ 2021.11.04

わかったつもりではいけない!『防災心理学入門』に学ぼう

 毎年のように異常気象が発生する現在、世界中どこにいても災害に遭う可能性はゼロではありません。そのうえ、近年記憶に残る自然災害をいくつも経験した私たち日本人にとって、防災は喫緊の大きな課題です。しかし、どのように防災意識を高めたり災害に備えたりすればよいのか、自分にとって最適な防災とは何かといわれると、それもまた大きな問い、課題であることは間違いありません。

 そんなときにこそ、手にしてほしい一冊があります。それは、防災・減災研究の第一人者である、京都大学防災研究所巨大災害研究センター教授・矢守克也先生の著書『防災心理学入門-豪雨・地震・津波に備える』。誰もができる防災・減災の心構えや実践例、最新の研究や世界の防災事情などを、具体的かつ読みやすく書いた「防災心理学入門エッセイ集」です。

 本書の構成は、(1)豪雨災害、(2)地震災害、(3)津波災害、(4)災害心理、―の4章立て。各章に、「Grande(グランデ)」4ページ、「Tall(トール)」2ページ、「Short(ショート)」1ページといった、3種類の防災心理学入門エッセイが16本収録されています。

 そのため、各エッセイを必要に応じて読むことやページ順に読むことで防災・減災情報を得ることに役立ちますが、目次を見ながら気になるトピックをたどって自分の防災理解のおさらいや見識を深めるような、自分にあった読書体験で防災意識を高めることもできる一冊となっています。

 そこで今回は、各章の気になるエッセイをつなぎながら、豪雨・地震・津波、そして災害心理をめぐってみたいと思います。わかったつもりになっていた自分の防災意識や災害に対する考え方を見直す意味でも重要です。なお、各エッセイのタイトルは『 』(二重かぎ括弧)表記としています。

豪雨災害:「素振り」から「避難スイッチ」まで

 まず、(1)豪雨災害のGrande『“空振り”と“素振り”』では、豪雨災害に見舞われながらも住民全員避難で命を守りきった京都府京丹波町上乙見地区を例として取り上げ、結果として避難しなくてもよかった「事実」を「空振り」として減らそうとするのではなく前向きに「評価」することや、防災訓練や災害時の余裕をもたせた避難を「素振り」と呼び、次なる災害の貴重な予行演習やトレーニングとして捉えることを提唱しています。

 Tallの『避難スイッチ』では、矢守先生が提唱してきた「避難スイッチ(避難を実際に行動に移すためのきっかけになる仕掛けや仕組み)」を地域で共有することを、『ベスト・スーパーベスト・セカンドベスト』では、ベストおよびスーパーベストな場所への避難のタイミングを逃してしまった場合における、「セカンドベスト」な避難場所への避難訓練について解説しています。

 さらに、Shortの『「避難スイッチ」から見た上乙見地区』と『「セカンドベスト」から見た上乙見地区』では、「避難スイッチ」と「セカンドベスト」の具体的な事例を示しています。

地震災害:「ふだん」から「まさか」に備える

 次の、(2)地震災害のGrande『南海トラフ地震の「臨時情報」』では、甚大な被害をもたらすと想定される南海トラフ地震・津波が、一定の期間内(1週間程度)に発生する可能性が通常よりも高まっていることを警告する「臨時情報」の取り扱いについて、有効活用するために「ふだん(平常時)」と「まさか(災害時)」の「両にらみ」が求められると説きます。

 Tallの『震度というものさし』では、それぞれの場所における地震動の強さの程度を表す階級である震度が日本独自の貴重な財産であり、一般市民にも地震を自分事として捉えられる貴重なツールであることに触れます。また、『「ふだん」と「まさか」の台湾防災』では、「ふだん」から自治会の拠点として使用されている農園とキッチン付きのコミュニティセンターが、「まさか」のときには避難所施設に転用される例から、「「まさか」とは結局「ふだん」である」と述べています。

 さらに、Shortの『「オープンサイエンス」の先駆者』では、災害現象の観測や観察の一端を市民が担い、科学(者)と市民関係のよりよい変革をめざすオープンサイエンスの先駆者として、ハンセン病療養所入居者の44年間におよぶ気象観測を取り上げ、『IoT地震防災』では、地震防災に活用できる「IoT(Internet of Things;インターネットとモノの融合)」の例として、災害時に通れた道をインターネット上で公開する「通れた道マップ」の紹介をしています。

津波災害:「リグレット」予防と「中動的避難」

 続く、(3)津波災害のGrande『津波避難のリグレット・マップ』では、「津波てんでんこ」という避難戦略を例とした、災害避難における「リグレット(後悔)感情」について言及しながら、犠牲者の軽減だけにとどまらない、リグレットを考慮した避難計画の立案のための「リグレット・マップ」の作成方法を解説しています。

 Tallの『災害に「も」強いまちづくり』では、全国最悪クラスの南海トラフ地震の被害想定を突きつけられた高知県黒潮町が実践している、「まさか」に備えた「ふだん」の防災・減災対策を紹介。また、『「中動的」に逃げる』では、哲学者・國分功一郎氏が再提唱する「中動態」(「する」〈能動〉でも「される」〈受動〉でもない状態)に着目し、中動的避難の可能性を示唆しています。

 さらに、Shortの『ナッジorジャッジ―それが問題だ』では、防災業界における「ジャッジ(judge)」(情報と判断)の手法を、新しい概念である「ナッジ(nudge)」(「そっと肘で突く」ように行動を誘導する仕掛け)で見直すことを、他にも『児童館という舞台』では、学校・家庭・地域を結ぶ「結節点」にもなりうる児童館を舞台とした、避難訓練や防災検証実験などを例示しています。

災害心理:「肝心な今」から始める「心理的理解」

 最後の、(4)災害心理のGrande『何とかバイアスでわかった気にならない』では、「××バイアス」のような「心理的理解(説明)」はロジカルにはトートロジー(同義反復)であり、浅い理解や偽の課題解決に陥る危険性に警鐘を鳴らすとともに、深い理解や真の課題解決のための「心理的説明」ついて、「素振り」の呼びかけ・「心配性バイアス」の効果的機能・「自助・共助・公助」など、矢守先生の防災・減災活動の実践を交えて展開しています。

 Tallの『「もう」と「まだ」の綾』では、過去の「もう」済んだことと未来の「まだ」起きていないことをめぐる時間感覚を、「サバイバーズ・ギルト」(生存者の罪悪感)と防災計画・被害想定・事前復興計画など防災業界の未来の先取りと照らし合わせて、「肝心な今」を豊かにすることを、また『「想定外」と向き合う』では、「想定外ゼロ」を目指すのではなく、「想定外」に直面し続ける覚悟を問いかけています。

 さらに、Shortの『「境界なき災害」―コロナと防災・減災学』では、全世界を席巻するコロナ禍からの教訓として、空間的・時間的・役割上の境界を越えた「境界なき災害」への防災・減災学の可能性を示し、『「ポスト・トゥルース社会」における災害流言』では、真実(トゥルース)に基づくことなくオピニオン(個人の意見)で物事を判断する雰囲気が蔓延した社会「ポスト・トゥルース社会」における、災害時の流言のマネジメントについて言及しています。

あなたのための「防災の書」

 以上、今回は特に、「空振り/素振り」「避難スイッチ」「セカンドベスト」「臨時情報」「ふだん/まさか」「オープンサイエンス」「リグレット・マップ」「中動態」「ナッジ/ジャッジ」「心理的理解」「もう/まだ」「境界なき災害」「ポスト・トゥルース社会」といったキーワードを取り上げて、本書のテーマである、豪雨・地震・津波に備えるための実践例や取り組みをめぐり、さらには災害心理に関わる矢守先生の知見を追体験してみました。

 他方本書には、「フォーワード/バックワード」「記述文・遂行文・宣言文」「DYFIプロジェクト」「クロスロード」「逃げトレ」「フット・アウト・ザ・ドア」「防災=健康・福祉」「スモールワールド」「立て直し・世直し・やり直し」「被災地/未災地交流会」といった、多様な防災・減災のためのトピックについてのエッセイも収められています。

 個人の環境や状況がそれぞれ違うように、防災対策も一様ではありません。そこで、ぜひあなたが気になるトピックをめぐって、過去を振り返り、未来に備え、今からできる防災・減災対策を試みてほしいと思います。本書は、あなたのための「防災の書」となる一冊です。

<参考文献>
『防災心理学入門-豪雨・地震・津波に備える』(矢守克也著、ナカニシヤ出版)
http://www.nakanishiya.co.jp/book/b559677.html

<参考サイト>
矢守克也先生の研究室のホームページ
http://idrs.dpri.kyoto-u.ac.jp/yamorilab/
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