テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2023.02.20

『人体最強の臓器 皮膚のふしぎ』が教えるその万能性と可能性

 人体のなかでもっとも身近な臓器は何かと問われたら、あなたはなんと答えるでしょうか。皮膚医学の第一人者である京都大学医学部教授の椛島健治先生なら、「皮膚」と即答するでしょう。

 椛島先生の著書『人体最強の臓器 皮膚のふしぎ 最新科学でわかった万能性』(ブルーバックス)では、もっとも身近にありながらさまざまな能力を併せ持ったスーパー臓器「皮膚」について、一般読者に向けてわかりやすく解説しています。今回はそのエッセンスを紹介します。

最新の科学的知見から判明した「皮膚」の多様で多彩な機能

 皮膚は、(1)有害な化学物質や病原体の侵入を防ぐ“物理的バリア”であり、(2)無数のセンサーが埋め込まれた“感覚器官”でもあり、(3)人体最大の“免疫器官”でもある――、と椛島先生は説きます。

 本書では、最新の科学的知見から判明した多様な働きと魅力をもった皮膚の役割を、さまざまな切り口から論じています。まず前半では、皮膚の構造や機能、また、進化の観点から見た皮膚組織の特徴などを取り上げて、“物理的バリア”かつ“感覚器官”や“免疫器官”としても超優良な臓器である皮膚について解説。さらに後半では、最新の研究成果を紹介しながら、皮膚が日常生活や生涯に渡って及ぼす影響について考察しています。

「アトピー性皮膚炎の科学」の現在地とスキンケアのたいせつさ

 椛島先生はアトピー性皮膚炎の世界的な専門家として活躍されており、その視点から皮膚の重要性と可能性を論じた「第6章 アトピー性皮膚炎の科学」は、本書のなかでも特に読みどころというべき章です。

「アトピー性皮膚炎」は、皮膚にかかわるアレルギー疾患の代表格といわれています。アトピー性皮膚炎の主な外来抗原(その原因となる、体の中に侵入してきた異物)は花粉、ほこり、動物のなどで、アレルギー疾患とは、特定の抗原に対して免疫反応が過剰に働くことで起きる病気です。

 アレルギー疾患は、アナフィラキシーショックや重症の喘息などを除けば、すぐに生死にかかわるような重篤な病というわけではないのですが、発症するとQOL(Quality of life:クオリティ・オブ・ライフ。社会的にみた「生活の質」)が著しく低下します。特に、アトピー性皮膚炎の患者の多くを悩ませてきた症状に「かゆみ」があります。

 アトピー性皮膚炎の「かゆみ誘導物質」は長い間ベールに包まれてきましたが、近年の研究によってそれはTh2細胞が産生するサイトカイン(cytokine:細胞から放出され、特定の細胞に働きかけるたんぱく質の総称。免疫・炎症反応などの生体防御機構に重要な役割を果たす)だったことが判明したそうです。このサイトカインによって誘導された「強いかゆみ」から皮膚をかきむしると、皮膚のバリア機能が損なわれ、そこで大量のアレルゲンが皮膚内に侵入すると、またかゆくなってかく…といったようにアレルギー反応を繰り返す。つまり、Th2細胞が産生するサイトカインは炎症やバリア破壊、そしてかゆみの誘導にも関わっているということです。

 アトピー性皮膚炎は遺伝的素因も含んだ多因性かつ慢性的疾患であるため、どちらかというと「日常生活を不自由なく過ごせる」というQOLを高めることをゴールに置く治療が一般的ですが、アトピー性皮膚炎から連鎖するように、年齢を重ねるとともに食物アレルギー、喘息、アレルギー性鼻炎などを次々に発症する「アレルギーマーチ」状態を防ぐための取り組みも重要となっています。現時点でそのメカニズムはまだ解明されておらず、また、アトピー性皮膚炎の原因遺伝子はわかりつつあるものの、根本治療はまだ確立されていません。

 ただし近年では、アレルギー疾患の起点、つまり「アレルギーマーチ」のきっかけは皮膚経由で体内に異物が侵入する「経皮感作」であることわかってきたということです。そして、そのアレルギー疾患の連鎖を防ぐためにも、〈最初の「経皮感作」を起こさないようにすることが重要〉で、〈その意味でも乳幼児期からのスキンケアがたいせつです>と、椛島先生は説いています。つまり、日ごろから皮膚を大事にする、お肌をいたわるということを、忘れないということですね。

皮膚の正しい理解と適切なスキンケアが人生を豊かにする

 他にも本書では、ヒトが「裸のサル」になった必然的理由、人が温度を体感できる「からくり」、皮膚の老化メカニズム、さらにはAIの診断能力がすでに一流の皮膚専門医をしのぎうる可能性など、とても興味深いトピックスが多数掲載されています。

 皮膚は、総重量が体重の16パーセントを占める、生体における「最大の臓器」でもあります。また、いつも外界のあらゆる物理的刺激から守ってくれる最も身近なスーパー臓器ともいえます。

 そして、椛島先生はこう述べています。

「皮膚を正しく理解し適切な日常のスキンケアにつなげていくことは、日常生活に良い影響を与えるのみならず、ひいては人生が豊かになるのではないか」

 本書がそのことをしっかりとサポートしてくれる、貴重な一冊であることは間違いないでしょう。

<参考文献>
『人体最強の臓器 皮膚のふしぎ 最新科学でわかった万能性』(椛島健治著、ブルーバックス)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000372574

<参考サイト>
京都大学大学院医学研究科 皮膚科学
https://dermatology.kuhp.kyoto-u.ac.jp/
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
“社会人学習”できていますか? 『テンミニッツTV』 なら手軽に始められます。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,100本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

全てが悟りに至る道…日本は茶や花や野球にも「道」がある

全てが悟りに至る道…日本は茶や花や野球にも「道」がある

石田梅岩の心学に学ぶ(6)禅から茶道へ

道元の『辨道話』には「修証一等」の言葉がある。修行も悟りも同じことであり、修行は特別なことではないことを説く。坐禅だけでなく茶をふるまうのも花を活けるのも、生きることそのものが修行になる。ただし、ただ生きるのと...
収録日:2022/06/28
追加日:2024/05/13
田口佳史
東洋思想研究家
2

江戸時代の新宿…水辺の景勝地としての名残、熊野神社

江戸時代の新宿…水辺の景勝地としての名残、熊野神社

『江戸名所図会』で歩く東京~上水と十二社(2)水辺の観光地としての新宿

世界でも有数の上水道が整備されていた江戸の街。とくに新宿エリアには、玉川上水のみならず、神田上水も流れていたが、そこは牧歌的な観光地としても人気を集めていた。『江戸名所図会』をひもときながら実際に新宿十二社 熊野...
収録日:2024/02/19
追加日:2024/05/12
堀口茉純
歴史作家
3

「人間天皇」を否定した三島由紀夫の思想が問うものとは

「人間天皇」を否定した三島由紀夫の思想が問うものとは

天皇のあり方と近代日本(4)三島由紀夫VS東大全共闘

世界中で価値観の分断が進み、社会が大きく割れている。ここで想起されるのが、1969年の「三島由紀夫vs東大全共闘」の両極に割れた討論会である。この討論会で、東大全共闘は天皇を罵り嘲笑する一方、三島由紀夫は「この天皇は...
収録日:2021/11/02
追加日:2022/01/06
片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授
4

時空間を自由に移動!分散化で期待される電力消費の冗長性

時空間を自由に移動!分散化で期待される電力消費の冗長性

日本のエネルギー&デジタル戦略の未来像(5)デジタルインフラと電力のこれから

人体における神経と血管の相互補完関係のような、デジタルインフラと電力供給網の密接な関係はいかに構築できるのか。既存の電力設備を活用する最もシンプルな方法や、消費者の近くに点在するデータセンターを活用した、分散型...
収録日:2024/02/07
追加日:2024/05/11
岡本浩
東京電力パワーグリッド株式会社取締役副社長執行役員最高技術責任者
5

ノーベル賞受賞「オートファジー」とは?その仕組みに迫る

ノーベル賞受賞「オートファジー」とは?その仕組みに迫る

オートファジー入門~細胞内のリサイクル~(1)細胞と細胞内の入れ替え

2016年ノーベル医学・生理学賞の受賞テーマである「オートファジー」とは何か。私たちの体は無数の細胞でできているが、それが日々、どのようなプロセスで新鮮な状態を保っているかを知る機会は少ない。今シリーズでは、細胞が...
収録日:2023/12/15
追加日:2024/03/17
水島昇
東京大学 大学院医学系研究科・医学部 教授