テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.04.12

アメリカと世界の通商システムの変化の歴史

世界の通商システムをコントロールしてきたアメリカ

 トランプ政権下の保護主義による貿易摩擦再燃が懸念されています。東京大学名誉教授で学習院大学国際社会科学部教授・伊藤元重氏も、トランプ政権の方向が今後の世界の通商システムの大きな転換点になり得ると見ています。歴史的に見ても、アメリカが世界の通商システムの流れの変化に、常に先鞭をつけてきたからです。

 ここで、アメリカの通商政策と世界の通商システムの変化の歴史をざっと振りかえってみましょう。

 まず最も有名な事例として、1930年に成立したスムート・ホーリー関税を挙げることができます。これは、多くの品目に対して大幅な関税の引き上げを行い、結果として平均関税率40パーセントにまでなったという、厳しいものでした。この関税法により他国にも保護主義が拡張、世界の貿易は縮小し、多くの国の産業に打撃を与えました。

保護主義の反省からGATT、一転して貿易摩擦へ

 その後、行き過ぎた保護主義への反省から、1944年のIMF(国際通貨基金)設立を皮切りにブレトンウッズ体制が敷かれ、アメリカが中心となってGATT(関税および貿易に関する一般協定)がつくられました。多国主義による通商システム時代に入ったのです。全ての国に同等の貿易自由化を適応する最恵国待遇、関税引き上げを認めない、輸入数量割り当てによる貿易制限を認めないという3つの原則を掲げることで、貿易自由化が進みました。経済成長期の日本もその恩恵に大いにあずかりました。

 しかし、GATTのルール作りの中心的役割を担ったアメリカが、今度は一転、保護主義的行動に出始めたのです。これが、1970年代に始まり80年代に本格化した貿易摩擦です。

 アメリカの手法は、相手国企業を狙い撃ちするアンチダンピング。アメリカの企業が「ダンピングで被害をこうむっている」と訴え、政府に関税の引き上げを要求したのです。アメリカの労働者がハンマーで日本車をたたきつぶす、という映像を見たことのある方も少なくないでしょう。その日本車バッシングが盛んに行われた時代です。日本側は自動車をはじめとするさまざまな分野で輸出自主規制や、あるいは、アメリカからの輸入拡大など、あの手この手の厳しい貿易制限を受けました。

自由貿易協定で二国間交渉時代へ

 他国に貿易制限を強いる一方で、アメリカは近隣のメキシコ、カナダとNAFTA(自由貿易協定)を結びます。ヨーロッパとの農業問題の打開策として、GATTの多国間ルールに縛られない異なった枠組みでの自由貿易協定に踏み切ったのです。この動きを見て、その後、少数国間で結ぶ自由貿易協定が世界中で続出しました。

 結果的には、貿易の一部自由化が進むという利点が生じたのですが、ここで注目すべきは通商システムの世界では、二国間(バイ)交渉に拍車がかかったということです。トランプ政権ではさらにその傾向が顕著となり、もはやGATTのような多国間(マルチ)のルール、あるいはTPPに代表されるある地域における複数国(リージョン)によるシステム作りは、困難な時代になってきました。

極端な保護主義政策の先にある危険性

 「交渉」という名は付いていても、トランプ大統領が主張するバイ交渉は、極めて強引なものです。この手強い相手に対し、日本は自国にとって、また地域にとってよりよい交渉の方向を見極めなければいけません。

 さらに、今一度ここで思い起こしておきたいのは、極度な保護主義政策が1929年の大恐慌をさらに悪化させ、各国の産業に打撃を与えた結果、ドイツ、日本などの軍部が台頭したということです。国外に打開策を求めようとした軍部が独走し、第二次世界大戦に向かったという歴史的事実も忘れてはなりません。

 広まりつつある保護主義傾向に最近の極右政党の動きを重ねて見れば、世界が第三次世界大戦という新しい悲劇に向かう危険をはらんでいる。このことにもっと注意すべきなのではないでしょうか。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
より深い大人の教養が身に付く 『テンミニッツTV』 をオススメします。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

世界で最もクリエイティブな国は? STEAM教育が広がる理由

世界で最もクリエイティブな国は? STEAM教育が広がる理由

数学と音楽の不思議な関係(4)STEAM教育でつくる喜びを全ての人に

世界では「創造性がどれくらい大事か」という問題意識が今、急激に高まっている。創造性とは全ての人にあり、偏差値などでは絶対に計れない、まさに無限軸の創造性のこと。そうした創造性を育む学びが「STEAM教育」である。最終...
収録日:2025/04/16
追加日:2025/09/18
中島さち子
ジャズピアニスト 数学研究者 STEAM 教育者 メディアアーティスト
2

なぜ日本の所得水準は低いのに預金残高は大きいのか

なぜ日本の所得水準は低いのに預金残高は大きいのか

続・日本人の「所得の謎」徹底分析(2)政府債務と預金残高の背景

国際的に見て、政府の債務残高が大きい日本。その背景には、バブル崩壊後の財政赤字を取り戻せていないことがあった。その一方で、預金残高も高い日本。所得が低いのに預金が多い日本の謎を解説する。(全4話中第2話)
※...
収録日:2025/07/10
追加日:2025/09/17
養田功一郎
元三井住友DSアセットマネジメント執行役員 YODA LAB代表 金融・経済・歴史研究者
3

米長邦雄のアンラーニング、弟子の弟子になってV字成長

米長邦雄のアンラーニング、弟子の弟子になってV字成長

経験学習を促すリーダーシップ(2)経験から学ぶ力

人が成長していくために重要な経験学習。その学習サイクルを適切に回していくためには、「経験から学ぶ力」が必要になる。ではそこにはどのような要素があるのか。ストレッチ、リフレクション、エンジョイメントという3要素と、...
収録日:2025/06/27
追加日:2025/09/17
松尾睦
青山学院大学 経営学部経営学科 教授
4

各々の地でそれぞれ勝手に…森林率が高い島国・日本の特徴

各々の地でそれぞれ勝手に…森林率が高い島国・日本の特徴

「集権と分権」から考える日本の核心(5)島国という地理的条件と高い森林率

日本の政治史を見る上で地理的条件は外せない。「島国」という、外圧から離れて安心をもたらす環境と、「山がち」という大きな権力が生まれにくく拡張しにくい風土である。特に日本の国土は韓国やバルカン半島よりも高い割合の...
収録日:2025/06/14
追加日:2025/09/15
片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授 音楽評論家
5

外交とは何か…いかに軍事・内政と連動し国益を最大化するか

外交とは何か…いかに軍事・内政と連動し国益を最大化するか

外交とは何か~不戦不敗の要諦を問う(1)著書『外交とは何か』に込めた思い

外交とは国益を最大化しなければいけないのだが……。35年にもわたる外交官経験を持つ小原氏が8年がかりで書き上げた著書『外交とは何か 不戦不敗の要諦』(中公新書)。小原氏曰く、外交とは「つかみどころのないほど裾野が広い...
収録日:2025/04/15
追加日:2025/09/05
小原雅博
東京大学名誉教授