社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.06.07

「うつ病」とは何か?―『新・臨床心理学事典』を活用する―

世界のうつ病患者3億人、全人口の約4%に

 東京新聞(2017年2月24日)によると、世界保健機関(WHO)は、世界でうつ病に苦しむ人が2015年に推計3億2200万人に上ったと発表しました。これは、世界の全人口の約4%に当たり、05年から約18%増加したとのことです。そのうち、日本は約506万人。国内総人口の約4%に当たり、世界とほぼ同じ水準にあると言えます。なお、厚生労働省によると、うつ病など気分障害で医療機関を受診している人は約112万人(14年)ですが、WHOの統計は専門家による推計値のため、医師にうつ病と診断された人以外も含んでいます。これについてはさまざまな意見があるかと思いますが、少なくともWHOはこの状況について警鐘を鳴らしています。

 ところで、「うつ病」がそもそもどういう病気のことなのか、ご存知でしょうか。昨今、「うつ病」という言葉はかなり一般化してきたといえますが、それと同時に誤用や誤認も増えてきているようです。そこで、あらためて「うつ病」とは何か、考えてみましょう。

あらためて、「うつ病」とは何か

 『新・臨床心理学事典』(石川勇一著、コスモス・ライブラリー)によると、うつ病とは、感情の「振れ幅が極端になり、制御できなくなる気分障害」とあり、そのキッカケは、人間関係のストレス、過酷な労働、結婚・出産、生理、季節の変化など、さまざまであるということです。また、うつ病の原因は不明の場合も多く、うつになりやすい「病前性格」というものもあります。その特徴は、まじめ、几帳面、勤勉、律儀、責任感が強い、などです。そのため、仕事場で評価が高く、周囲からの信頼の厚い人がうつ病にかかることも少なくありません。

 具体的には、

(1) 気分が沈んで憂鬱である
(2) 興味や喜びが著しく減退した
(3) 食欲の減退または増加がある
(4) 不眠または過眠である
(5) 心に焦燥感や制止がある
(6) 疲労感や気力の減退がある
(7) 無価値観や不適切な罪責感がある
(8) 思考力や集中力の減退、または決断困難がある
(9) 死について繰り返し考えたり、自殺を企てたりする

のうち、(1)か(2)のどちらかが当てはまり、9つの症状のうち5つ以上が2週間にわたってほとんど毎日あり、苦痛によって生活に支障を来していて、他の疾患によるうつ病ではない場合は、「DSM-5」ではうつ病と診断されます。「DSM-5」とは、米国精神医学会作成の精神科診断統計マニュアルのことで、日本で最も広く用いられている心の病を特定するための診断基準です。

 病院に行くと、ほとんどの場合は薬物療法が行われ、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と呼ばれる一群の抗うつ薬を投与されます。SSRIは60~70%の有効性があると言われていますが、薬物療法は50%ほどの頻度で再発するので、心理療法の併用もしばしば必要とされます。

 心理療法では、ストレスの強い環境を改善すること、性格傾向を改善すること(「いい加減」を覚える)、歪んだ否定的な認知を改善すること(適切なものの受け取り方を覚える)、生きがいを発見することなどが主題になることが多いそうです。

『新・臨床心理学事典』を活用する

 あらためて調べてみると、「うつ病」の実相がだんだんと見えてきました。一言でいえば、日本において「うつ病」は「DSM-5」の基準に沿って決まるということです。「うつ病」についても、「DSM-5」についても、『新・臨床心理学事典』を典拠としました。

 『新・臨床心理学事典』は記述が、細やかで、分かりやすく、テーマは広範多岐にわたります。サブタイトル「心の諸問題・治療と修養法・霊性」とあるように、心のさまざまな問題や治療法から仏教思想まで幅広くカバーしており、アカデミックな心理学に関心がある人はもちろん、心の癒しや成長に興味を持っている人も、質の良い知識を得ることができる一冊です。通読して学ぶことも、また事典として活用することもできます。

 最後に、周囲にうつ病者がいる場合の対応の仕方についても簡単にご紹介します。本書によると、原則として「励まさないこと」が重要です。なぜかというと、「うつの人はすでに自分で自分を限界まで追い込んだり、自責の念に駆られている場合が多い」ため、「励ましてさらに頑張らせると、逆に追い詰めることになりかねません」とのことです。また、否定したり、過度なアドバイスも控えたほうが良いそうです。支えるのは簡単なことではありませんが、ともかく聞き役になって相手が「受け入れてもらえている」と感じられるようにすることが大切です。

 『新・臨床心理学事典』の著者・石川勇一氏は相模女子大学人間社会学部の教授で臨床心理士です。自他ともにうつ病の疑いがあるときは、ひとりで抱え込まず、なるべく早い段階で、石川氏のようなプロのカウンセラーや専門医に相談することです。

<参考文献>
『新・臨床心理学事典』(石川勇一著、発行:コスモス・ライブラリー、発売:星雲社)
http://www.kosmos-lby.com/books/shosai159.html

<関連サイト>
石川勇一氏の研究室ホームページ
http://www.sagami-wu.ac.jp/ishikawa/

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ

「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ

「宇宙の創生」の仕組みと宇宙物理学の歴史(1)宇宙の階層構造

宇宙とは何かを考えるうえで中国の古典である『荘子』・『淮南子(えなんじ)』に由来する「宇宙」という言葉が意味から考えてみたい。続いて、地球から始まり、太陽系、天の川銀河(銀河系)、局所銀河群、超銀河団、そして大...
収録日:2020/08/25
追加日:2020/12/13
岡朋治
慶應義塾大学理工学部物理学科教授
2

図書館の便利な活用法…全国の図書館からの「お取り寄せ」

図書館の便利な活用法…全国の図書館からの「お取り寄せ」

歴史の探り方、活かし方(2)図書館「レファレンス」の活用

公共図書館では質の高い「レファレンス」サービスを提供しているが、活用する人は限られている。だが、実は全国の図書館ネットワークを縦横無尽に活用できる、驚くほどに便利な仕組みなのだ。今回は図書館のレファレンスで何が...
収録日:2025/04/26
追加日:2025/11/15
3

知ってるつもり、過大評価…バイアス解決の鍵は「謙虚さ」

知ってるつもり、過大評価…バイアス解決の鍵は「謙虚さ」

何回説明しても伝わらない問題と認知科学(3)認知バイアスとの正しい向き合い方

人間がこの世界を生きていく上で、バイアスは避けられない。しかし、そこに居直って自分を過大評価してしまうと、それは傲慢になる。よって、どんな仕事においてももっとも大切なことは「謙虚さ」だと言う今井氏。ただそれは、...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/16
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授
4

脳内の量子的効果――ペンローズ=ハメロフ仮説とは

脳内の量子的効果――ペンローズ=ハメロフ仮説とは

エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(2)量子論と空海密教の本質

「ワット・ビット連携」の概念がある。これは神経と血管の関係にも似ており、両者が密接に関係するところから、それをもとに人間の本質について考察していくことになる。また、中村天風の思想から着想を得て、人間の心には霊性...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/13
5

なぜ伝わらない?理解の壁の正体を今井むつみ先生に学ぶ

なぜ伝わらない?理解の壁の正体を今井むつみ先生に学ぶ

編集部ラジオ2025(27)なぜ何回説明しても伝わらない?

「何回説明しても伝わらない」「こちらの意図とまったく違うように理解されてしまった」……。そんなことは、日常茶飯事です。しかしだからといって、相手を責めるのは大間違いでは? いやむしろ、わが身を振り返って考えないと...
収録日:2025/10/17
追加日:2025/11/13