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DATE/ 2018.10.08

LGBT後進国?日本の現状と問題点

 2018年7月、自民党の杉田水脈衆議院議員による「LGBT支援の度が強すぎる」という寄稿文が『新潮45』に掲載され、炎上騒ぎを引き起こしました。その後、自民党本部前での抗議行動にまで発展したことは、まだ記憶に新しいところです。

 では一体、日本におけるLGBT(性的少数者)の権利や意識はどうなっているのでしょうか。国際的な人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表の土井香苗氏の話を参考に考えてみたいと思います。

人権侵害にあいやすいLGBTへの理解度は

 ヒューマン・ライツ・ウォッチがLGBTの権利に焦点の一つを当てているのは、性的マイノリティであるLGBTの人たちが差別や暴力にさらされやすく、人権侵害にあいやすいことが理由です。

 世界には、21世紀になってもなお同性愛者が刑罰の対象になる地域も存在し、社会全体が「ホモフォビア(同性愛嫌悪)」に染められるような風潮もまだまだ見られます。一方で、先進国の間ではLGBTの権利を認める機運が高まり、2001年のオランダを皮切りに、ベルギー、スペイン、カナダなど、同性婚を認める国も20数カ国にまで増えました。

 日本では、2009年のヒューマン・ライツ・ウォッチ東京事務所開設以来、LGBTの権利に対するモニタリングが行われています。最初はどこへ行っても「Lとはレズビアンのこと。Gとはゲイ。Bはバイセクシュアルで、Tはトランスジェンダーの略です」ということから説明しなければならなかったと土井氏は振り返りますが、8~9年経った現在、一般の関心は相当高まってきたと見ています。

 多くの人がLGBTという言葉くらいは聞いたことがあるようになり、渋谷区での同性パートナーシップ制度の導入などをきっかけにして、若い世代に限らず一般的な日本の社会の中でも同性カップルを受け入れる雰囲気が醸成されてきました。

LGBTの子どもたちへのインタビューによる報告書

 ヒューマン・ライツ・ウォッチでは、2016年に『「出る杭(くい)は打たれる」日本の学校におけるLGBT生徒へのいじめと排除』と題する調査報告書を刊行、インターネット上で公開しています。

 日本全国で約半年間、LGBTの子どもたちを中心に、先生や親御さん、NGOの人たち、専門家など、100名ほどの関係者の人たちから話を聞いたインタビュー調査がベースになっています。

 LGBTの子どもたちが学校の中でいじめに遭っていたり、排除の対象になっていたりしていることが改めて確認できる内容で、「残念ながら驚くような内容ではない」と土井氏は言います。その原因の一つとして「政策や制度の不在」があるのではないかという点を丹念に解き明かしたこの報告書には、全国の自治体の教育委員会やPTAの連合会などから「研修用の資料に使いたい」との申込みが殺到したそうです。

「実は学校の先生が…」というLGBT差別の裏側

 この調査では、インタビューによる聞き取りのほか、オンラインでのアンケート調査も行っています。約800人の回答者のうち500人ほどが「若い人」ということですが、「過去1年間、学校でLGBTの人々に対するいじめ、あるいは暴言、そういったものを見聞きしたことありますか」というアンケートに対して、86パーセントの人が「見たことがある」と回答しています。そのうち30パーセントは「実は学校の先生がそれに加担していました」、「実際に学校の先生が言っていました」と答えているのです。

 LGBTの子どもたちへのいじめは当然許されないものですが、学校の先生がそれに加担していたり、容認していたりするのはどういうことでしょうか。先の「政策や制度の不在」と重なりますが、研修などを受けていないため、個人的な体験をもとに判断するしかないことが、LGBTの子どもたちに対する理解の進まない要因となっているようです。

 子どもたちにとっては、どんな先生に当たるか、まったく運任せです。「もし(LGBTの子どもへの対応の仕方を)学べるチャンスがあるのなら、ぜひ学びたい」と回答した教師が大部分だったことは、調査を実施したことの救いだと土井氏は結んでいます。

<参考サイト>
『出る杭は打たれる:日本の学校におけるLGBT生徒へのいじめと排除』
https://www.hrw.org/ja/report/2016/05/06/289497
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小原雅博
東京大学名誉教授