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DATE/ 2021.07.19

「消費ミニマリズム」とは?脱資本主義の精神に迫る

 近年、最小限のモノで暮らす「ミニマリズム」が度々メディアなどで取り上げられるようになりました。家には最低限の家具、食器やコップは1つか2つ、冷蔵庫や洗濯機を持たないといった、「ミニマリスト」と呼ばれる人々の特集を、テレビや雑誌、ネット記事などで見かけた人も多いと思います。冷蔵庫や洗濯機を持たないというのは、なかなかミニマリズムを極めている人の例ではありますが、なかには彼らのような生活に憧れ、身辺を整理するという人も少なくありません。

 「ミニマリズム」は「最小限主義」ともいわれ、よく語られるメリットは、持ち物を少なくすることで生活をシンプルにし、余計なことにエネルギーを使わない、その分、心が軽くなりストレスが軽減されるといったものです。

 この「ミニマリズム」には、個人の思想や生き方に変化をもたらすだけでなく、じつは行き詰まりつつある資本主義に対して、新しい文化を生み出す力があるのかもしれないといったらどうでしょうか。北海道大学大学院経済学研究科教授の橋本努先生の著書『消費ミニマリズムの倫理と脱資本主義の精神』(筑摩選書)では、「ミニマリズム」の社会的な可能性が語られています。

資本主義が先導する大量消費文化

〝地獄の沙汰も金次第〟なんて言葉がありますが、それは日本人がちょんまげを結っていた時代からいわれている言葉です。「金が物を言う時代」は決して今に始まったことではありません。お金は生活に欠かせませんし、婚活市場では高い年収に価値があり、生活の安定につながると考えられています。しかし、資本主義が絶対的君主として居座った現代、わたしたちに求められたのは〝労働をしてお金を稼ぐ〟ということだけではなく、〝消費する〟ことでした。

 本書のなかで、橋本先生は資本主義が支配する経済のなかで、いかに人々に消費が促されてきたのかを論じています。

「もっと使わせろ」「捨てさせろ」「無駄遣いさせろ」「贈り物をさせろ」「流行遅れにさせろ」──これは大手広告代理店の電通が制作していた「電通戦略十訓」というものの一部です。こうした理念に基づいた広告戦略に乗せられ、すぐに必要ではないものを購入させられ、慢性的な消費依存を生み出してきたと指摘しています。

 本当に必要かどうか分からない高い商品を無理して買ったあと、〝やっぱりやめておけばよかった〟〝こんな高いものを買ってしまった〟と、後悔したことのある人は多いのではないでしょうか。しかし、現代社会の正統な文化は、「できるだけ多く消費すること」。そのために「できるだけ多く働くこと」なのです。消費社会に生きる現代人としては間違っていないのかもしれませんが、必要のないものを無理に購入して、プライベートがなくなるほど働くことは、果たして幸せなのでしょうか。橋本先生は本書のなかで、ミニマリズムはこうした資本主義が先導する大量消費文化から逸脱する、つまり「脱資本主義」のための新しい文化の一つであるといえるのではないかと語っています。

「こんまりブーム」とミニマリストたちの生活

 橋本先生は、「20世紀において、『生活の豊かさ』はモノを所有することであった。21世紀に入るとモノを持たない豊かさが次第に語られるようになった」と話すと同時に、近年の「こんまりブーム」にも触れています。「こんまり」とは、『人生がときめく片付けの魔法』(河出書房新社)の著者である近藤麻理恵さんのこと。世界中で片付けブームを起こし、著書も世界的なベストセラーとなっています。一昔前には、「断捨離」という言葉も流行りましたが、世界的なムーブメントを起こすほどではありませんでした。橋本先生は、「こんまりブーム」には先進国における生活スタイルの転換があるのだろうと指摘します。

 本書では、近藤麻理恵さんのほかにも、さまざまな著名なミニマリストたちの実例や著書が紹介されています。彼氏にフラれたことをきっかけに20代で終活をはじめた女性や、ゼロ円で空き家をもらいミニマリズムの生活をはじめたマンガ家など、仕事もミニマリストになったきっかけも多種多様です。こうしたミニマリストたちの生活や、人生の変化を通して、橋本先生はミニマリズムに「脱資本主義の精神」との親和性を見いだしています。

資本主義の支配的な価値観に依存しない生活へ

「最近の資本主義批判において基調をなしているのは、資本主義の社会は危機を迎えているものの、代替案はない、という諦観である」と、橋本先生は語ります。そして、「もし本当に現代の資本主義が危機であるとするなれば、私たちはできるだけ、このシステムに依存しない生活を送ったほうがよいのではないか。(中略)私たちが資本主義の社会を批判して、脱資本主義のビジョンを語るとき、そこで展望するのは、資本の支配力や資本主義の支配的な価値観に依存しない生活である」と示しました。

 資本主義から脱したいと思っても、江戸時代やそれ以前のような自給自足が基本となっていた時代の生活を送ることは現代人にとって困難ですし、そこまで極端な生活を望む人は少ないはずです。また、人々が飢えずに最低限の生活を送ることができるのは、長い時間をかけて構築された社会システムの賜物ともいえます。しかし、その社会が大量生産・大量消費によって、地球環境を破壊しながらその歯車を回さなければならなくなった今、資本主義から距離を置くための考え方や方法の一つとして、橋本先生はミニマリズムの可能性を説いているのです。

変革を求められる消費社会、ミニマリズムは一つの道しるべ

 SDGsなどの国際的な枠組みが浸透し始めている今、消費社会は確かに変革を求められています。ミニマリズム、ミニマリストというと、少し極端な生活を送っているような印象を抱く人もいるかもしれませんが、富の再分配を怠りながら肥大化する資本主義社会や大量生産・大量消費が問題になっている現実、それを身近なところから変えていかなくてはならないのも事実です。

 今すぐに身の回りのものを最小限にして生きることはできなくても、今あるもので満たされるためにはどうすればいいのか、それについての考え方として、ミニマリズムに学ぶところは少なくないのではないでしょうか。本書は、現代の社会システムに疑問を抱く人たちに、一つの道しるべを示してくれています。

<参考文献>
『消費ミニマリズムの倫理と脱資本主義の精神』(筑摩選書)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480017314/

<参考サイト>
橋本努先生のホームページ
https://sites.google.com/view/hashimoto-tsutomu

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