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『入門 環境経済学 新版』に学ぶ2050年カーボンニュートラル
2050年のカーボンニュートラル実現まで30年足らず。温室効果ガスの排出を2050年までに全体としてゼロにするというものですが、日本だけでなく全世界が、脱炭素社会へ生まれ変わろうと挑戦をしています。次世代にツケを残さないための方法や技術を裏付けるのが、環境経済学のアプローチ。その概要と最先端の事情までわかる一冊が、『入門 環境経済学 新版-脱炭素時代の課題と最適解』(有村俊秀・日引聡著、中公新書)です。
そうした政策の中核を担うものとして注目されているのが、環境経済学による手法。経済学の応用分野の一つである環境経済学の研究は、1960年代、大気汚染や水質汚染が深刻化し、公害が問題視されはじめた頃に始まりました。著者の一人である有村俊秀氏によると、「経済学は、限られた資源をどう有効に使うかを研究する学問」。もともとは国の立てる計画経済や政策でなく、「市場」を使うことによりさまざまな環境問題を解決しようとするのが、環境経済学の考え方の一つでしたが、徐々に行政もその有効性に気づき、取り入れるようになってきました。
じつは、本書は21年前に出版された新書の「新版」です。豊かな生活を享受するわたしたちが、気候変動や廃棄物汚染、生態系破壊など地球規模の問題に直面し、「次世代にツケを回さないためにはどうすればいいのか」を考えるための基本書という位置づけは変わりません。ただ、この20年間に「マイクロプラスチック問題」といった新しい難問が浮上してきた一方で、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」や「カーボンプライシング」、「グリーントランスフォーメーション(GX)」という新しい手法も開発されてきました。
今回、多くの加筆と改訂を担ったのが、カーボンプライシング制度研究の第一人者である有村氏。早稲田大学政治経済学術院教授、同・環境経済経営研究所所長を務めるほか、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)ファカルティフェローとして研究成果を広く共有しています。
たとえば、身近なごみ処理問題について、少し見直してみましょう。2020年度の日本のごみ排出量は全国で4167万トン、東京ドーム約112個分ものごみが排出されています。ごみの排出量が増加したのは1985年以降で、ピークは2000年。それ以降は減少に転じています。また、ごみは中間処理の過程を経て、2020年度は排出量のうち74.3パーセントが減量化され、20パーセントが再資源化されています。そのため、総排出量に対する最終処分の割合は9.1パーセントとなっています。
近年、リサイクルが推進されてきたことにより、最終処分場の残余年数(あと何年で最終処分場がいっぱいになるか)は延びてはいるものの、2020年度末の時点で22.4年となっています。
ごみ排出量の抑制やリサイクルの推進が重要な政策課題であることは、この数字からもうかがえますが、「ごみ処理有料制」を取ることにより、さらに社会的利益を増加させることができます。
その場合に問題となるのが「現世代の利益」と「将来世代の利益」のどこで折り合いをつけるかということ。経済学の知見が役立つのはまさにこの部分で、現世代の限界利益と将来世代の限界利益が等しくなるように、ごみ排出量を決定し、ごみ処理手数料を決めていくことができます。
日本のエネルギー起源の二酸化炭素排出量を見ると、2019年度で10億2900万トンに上ります。内訳は、産業部門37.3パーセント、民生部門35.2パーセント、運輸部門20.0パーセント、エネルギー転換部門8.4パーセント。ただし、工場などの産業部門では1990年から2019年にかけて二酸化炭素排出量は20パーセントの減少となっており、逆に家庭やビルなどの民生部門では35.4パーセントの伸びとなっている点が問題です。
実際に化石燃料に対するカーボンプライシングが課されるようになると、当然価格が上昇します。これらは各家庭にとっては光熱費の上昇として家計を圧迫しますが、少しでも節約しようとして、わたしたちの行動が省エネ促進のために変わることも予測できます。冷房や暖房の設定温度が抑えられるほか、LEDの普及、エアコンや冷蔵庫などにおける省エネ型家電の普及が進んでいきます。
カーボンプライシングは交通手段の選択にも影響すると有村氏は言います。ガソリン価格が上昇することにより、燃費のよくない車からハイブリッド車などへの乗り換え、さらには電気自動車へのシフトも加速されていくでしょう。そして、公共交通機関やシェアバイクなどの普及など、ライフスタイルの変化が二酸化炭素排出の減少につながります。
また、中長期的に見逃せないのは、カーボンプライシングには技術開発を促進する効果があることです。
電気代やガス代が高騰すれば、太陽光発電の経済的な魅力が相対的に増し、再生可能エネルギーの競争力が高まります。菅首相宣言により注目を集めている「Zero Energy House (ZEH)」や「Zero Energy Building(ZEB)」なども普及していく可能性があります。次世代自動車も含め、新しい製品が普及していくと、生産量増加による規模の効果で生産コストが下がり、普及がより拡大していきます。
さらに、水素エネルギーの競争力が相対的に強くなることで、エネルギー集約産業や鉄鋼業、石炭火力発電所での活用が見込まれ、経済のデジタル化、グリーン化への期待につながります。
このように、経済的システムと技術開発が両輪となって補完しあい、効率的な温暖化対策となるのが、カーボンプライシングの魅力です。カーボンニュートラルを目指す世の中の「必読書」として、本書はビジネスマンにも生活者としてぜひ読まれたい一冊です。
コロナ後の世界で進む「グリーンリカバリー」
2020年1月、アメリカではバイデン政権が誕生、翌月にはパリ協定に復帰したことにより、世界のカーボンニュートラルへの動きが加速しています。欧州は、コロナからの経済回復にあたって「グリーンリカバリー」を採用。経済ダメージからの回復とともに環境問題に取り組むことを政策目標としています。日本でも同年、菅義偉首相(当時)が「2050年までにカーボンニュートラルを目指す」と宣言し、その実現とサーキュラー・エコノミーに向けた政策が走り出そうとしています。そうした政策の中核を担うものとして注目されているのが、環境経済学による手法。経済学の応用分野の一つである環境経済学の研究は、1960年代、大気汚染や水質汚染が深刻化し、公害が問題視されはじめた頃に始まりました。著者の一人である有村俊秀氏によると、「経済学は、限られた資源をどう有効に使うかを研究する学問」。もともとは国の立てる計画経済や政策でなく、「市場」を使うことによりさまざまな環境問題を解決しようとするのが、環境経済学の考え方の一つでしたが、徐々に行政もその有効性に気づき、取り入れるようになってきました。
じつは、本書は21年前に出版された新書の「新版」です。豊かな生活を享受するわたしたちが、気候変動や廃棄物汚染、生態系破壊など地球規模の問題に直面し、「次世代にツケを回さないためにはどうすればいいのか」を考えるための基本書という位置づけは変わりません。ただ、この20年間に「マイクロプラスチック問題」といった新しい難問が浮上してきた一方で、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」や「カーボンプライシング」、「グリーントランスフォーメーション(GX)」という新しい手法も開発されてきました。
今回、多くの加筆と改訂を担ったのが、カーボンプライシング制度研究の第一人者である有村氏。早稲田大学政治経済学術院教授、同・環境経済経営研究所所長を務めるほか、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)ファカルティフェローとして研究成果を広く共有しています。
環境問題の解決に「経済」の手法で取り組む
もともと経済活動と環境保全は相反する関係。環境問題は市場の外部にあると考えられていたため、市場メカニズムだけでは解決できません。それは「市場の失敗」と呼ばれる市場メカニズムの欠陥の一例だといわれ、長い間、環境問題といえば、保護団体 vs 企業という図式が続いてきました。そこにストップをかけ、産業界こそが環境問題解決の立役者になるよう導いているのが、環境経済学の手法です。たとえば、身近なごみ処理問題について、少し見直してみましょう。2020年度の日本のごみ排出量は全国で4167万トン、東京ドーム約112個分ものごみが排出されています。ごみの排出量が増加したのは1985年以降で、ピークは2000年。それ以降は減少に転じています。また、ごみは中間処理の過程を経て、2020年度は排出量のうち74.3パーセントが減量化され、20パーセントが再資源化されています。そのため、総排出量に対する最終処分の割合は9.1パーセントとなっています。
近年、リサイクルが推進されてきたことにより、最終処分場の残余年数(あと何年で最終処分場がいっぱいになるか)は延びてはいるものの、2020年度末の時点で22.4年となっています。
ごみ排出量の抑制やリサイクルの推進が重要な政策課題であることは、この数字からもうかがえますが、「ごみ処理有料制」を取ることにより、さらに社会的利益を増加させることができます。
その場合に問題となるのが「現世代の利益」と「将来世代の利益」のどこで折り合いをつけるかということ。経済学の知見が役立つのはまさにこの部分で、現世代の限界利益と将来世代の限界利益が等しくなるように、ごみ排出量を決定し、ごみ処理手数料を決めていくことができます。
カーボンプライシングの導入で世界を変える
いま産業界がそろって注目している環境経済学的手法は、「カーボンプライシング」といって、二酸化炭素に値段をつける方法です。日本のエネルギー起源の二酸化炭素排出量を見ると、2019年度で10億2900万トンに上ります。内訳は、産業部門37.3パーセント、民生部門35.2パーセント、運輸部門20.0パーセント、エネルギー転換部門8.4パーセント。ただし、工場などの産業部門では1990年から2019年にかけて二酸化炭素排出量は20パーセントの減少となっており、逆に家庭やビルなどの民生部門では35.4パーセントの伸びとなっている点が問題です。
実際に化石燃料に対するカーボンプライシングが課されるようになると、当然価格が上昇します。これらは各家庭にとっては光熱費の上昇として家計を圧迫しますが、少しでも節約しようとして、わたしたちの行動が省エネ促進のために変わることも予測できます。冷房や暖房の設定温度が抑えられるほか、LEDの普及、エアコンや冷蔵庫などにおける省エネ型家電の普及が進んでいきます。
カーボンプライシングは交通手段の選択にも影響すると有村氏は言います。ガソリン価格が上昇することにより、燃費のよくない車からハイブリッド車などへの乗り換え、さらには電気自動車へのシフトも加速されていくでしょう。そして、公共交通機関やシェアバイクなどの普及など、ライフスタイルの変化が二酸化炭素排出の減少につながります。
また、中長期的に見逃せないのは、カーボンプライシングには技術開発を促進する効果があることです。
電気代やガス代が高騰すれば、太陽光発電の経済的な魅力が相対的に増し、再生可能エネルギーの競争力が高まります。菅首相宣言により注目を集めている「Zero Energy House (ZEH)」や「Zero Energy Building(ZEB)」なども普及していく可能性があります。次世代自動車も含め、新しい製品が普及していくと、生産量増加による規模の効果で生産コストが下がり、普及がより拡大していきます。
さらに、水素エネルギーの競争力が相対的に強くなることで、エネルギー集約産業や鉄鋼業、石炭火力発電所での活用が見込まれ、経済のデジタル化、グリーン化への期待につながります。
このように、経済的システムと技術開発が両輪となって補完しあい、効率的な温暖化対策となるのが、カーボンプライシングの魅力です。カーボンニュートラルを目指す世の中の「必読書」として、本書はビジネスマンにも生活者としてぜひ読まれたい一冊です。
<参考文献>
『入門 環境経済学 新版-脱炭素時代の課題と最適解』(有村俊秀・日引聡著、中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2023/04/102751.html
<参考サイト>
有村俊秀氏の研究室
http://www.f.waseda.jp/arimura/
『入門 環境経済学 新版-脱炭素時代の課題と最適解』(有村俊秀・日引聡著、中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2023/04/102751.html
<参考サイト>
有村俊秀氏の研究室
http://www.f.waseda.jp/arimura/
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