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『食卓の世界史』で学ぶ「料理の歴史と食の物語」
いつの時代も、人間は食事をしてきました。「食」を追求する人間の情熱には驚くべきものがあります。人はパンのみにて生くるにあらず。さりとて、パンなしでは生きられません。食事は単なる栄養摂取以上のものであり、料理の背後にはその土地の地理や歴史、文化が息づいているのです。
今回ご紹介する『食卓の世界史』(遠藤雅司著、ちくまプリマー新書)は、「料理」という視点から歴史を描いた本です。地理的条件や調理技術の発展、交易の盛衰が、料理にどのような影響を与えたのか。歴史の英雄たちの宴席から、庶民の日常的な食卓に至るまで、時代と空間を超えた興味深いエピソードが紹介されています。
本書は各章ごとに歴史に名を残す偉人を取り上げ、彼らが味わった「食」の物語を描いていきます。目次にはそうそうたるメンバーが並んでいます。本書に登場する偉人たちを見てみましょう。
ハンムラビ、アレクサンドロス3世、ネロ、楊貴妃、ハールーン・アッ=ラシード、バシレイオス1世、チンギス・ハン、マルコ・ポーロ、コロンブス、エルナン・コルテス、スレイマン1世、カトリーヌ・ド・メディシス、ルイ14世、フリードリヒ2世、リンカーン、コナン・ドイル、夏目漱石、マクドナルド兄弟。
前から時代順に読むこともできますし、興味のあるところからピックアップして読んでいくこともできます。また、ネロ(3章)→マルコ・ポーロ(8章)→コロンブス(9章)→カトリーヌ・ド・メディシス(12章)のように読むことで、「食」のイタリア史を眺めることができます。
他にも、楊貴妃(第4章)→チンギス・ハン(7章)→マルコ・ポーロ(8章)と読むことで、中国の「食」の深さがわかるように描かれています。このように、時間の流れに沿った通時的記述と、空間やテーマに着目した記述が縦横に組み合わさり、立体的な「食の歴史」が浮き彫りになっています。
コロンブスが活躍した15世紀は、ヨーロッパの中世が終わり、近世の始まりを迎えた時代でした。この時代のヨーロッパで重要な出来事は三つあります。まず、1453年にはビザンツ帝国がオスマン帝国によって滅ぼされ、東西ローマ帝国の最後の名残が消え去りました。次に、レコンキスタが1492年に終結し、イスラム教徒の支配からイベリア半島が完全にキリスト教徒の手に戻りました。そして、同じ1492年には、コロンブスが新大陸への航海に出発し、その結果、ヨーロッパとアメリカ大陸との間に新たな交流が始まりました。
これら三つの出来事は連動しています。オスマン帝国の脅威により東方貿易が不安定となり、新たな交易路の開拓の必要性が高まったこと。レコンキスタ推進によりキリスト教の布教熱が高まり、航海術が発展していたこと。これらが相まって、コロンブスの航海が始まりました。
コロンブスが新大陸に到達したことにより、「コロンブス交換」と呼ばれる現象が起きました。ヨーロッパやアジア(旧大陸)と南北アメリカ(新大陸)との間で、食料となる作物などを中心にさまざまな交流が始まったのです。本書では続く第10章「エルナン・コルテス」の章で、トウモロコシやカカオ、インゲンマメ、トウガラシがヨーロッパに流入したことについて触れられています。ドイツでジャガイモが食べられるようになったのも、韓国のキムチが赤くなったのも、このコロンブス交換の影響によるものなのです。
漱石が味わった食事は大きく三つに分けられます。一つ目が和食、二つ目が西洋風の日本料理、すなわち洋食、三つ目が19世紀末の英国料理です。さらに、体調不良時に食べた病院食まで含めれば、漱石は実に多様な食事を味わってきた人物といえます。
前近代の日本では基本的に肉食は禁忌とされていましたが、文明開化によって状況は一変しました。明治8年(1875年)の東京には70件以上も牛肉店があったらしく、その流行具合が見て取れます。漱石も牛肉を好んで食べており、小説『野分』などにも「ビステキ」として登場させています。
漱石は1900年から1902年にかけて、イギリスに留学しています。この期間に、漱石はさまざまな英国料理や、ティータイムなどの新しい食習慣を体験しました。ロンドンでの食事の記録をみると、昼食代わりにビスケット(今でいう「乾パン」のようなもの)を食べたり、漱石はつつましい食生活を送っていたことがわかります。他には、肉や魚にジャガイモ、プディングの付け合わせなどを昼食によく食べていたようです。プディングは小説『行人』にも「プッヂング」として登場しています。
他にも、ジャム、砂糖、チョコレート、氷菓子、アイスクリームなど甘いものも好んで食べています。そのせいか、晩年は糖尿病を患い、治療食を食べることになってしまいました。それでも、昼食に「かます二尾・葱の味噌汁・パン・バター」、夕食に「牛肉・玉葱・はんぺん汁・栗・パン・バター」と、なかなか美味しそうです。漱石の食べた和洋の食事からこの時代の「食」が見えてくるのも面白いですね。
「食」という視点から眺めることで歴史は生き生きとしたものに感じられます。料理の歴史に関心がある人から、世界史を勉強している中高生まで、本書は幅広い人におすすめできます。参考文献も豊富で、さらに詳しく知りたい人のためにも役立ちます。本書を手にとって、「食」の世界旅行に出かけてみませんか。
今回ご紹介する『食卓の世界史』(遠藤雅司著、ちくまプリマー新書)は、「料理」という視点から歴史を描いた本です。地理的条件や調理技術の発展、交易の盛衰が、料理にどのような影響を与えたのか。歴史の英雄たちの宴席から、庶民の日常的な食卓に至るまで、時代と空間を超えた興味深いエピソードが紹介されています。
歴史料理研究家が誘う味覚と知識の時間旅行
本書の著者は歴史料理研究家の遠藤雅司氏です。遠藤氏は世界各国の歴史料理を再現するプロジェクト「音食紀行」を展開しており、音楽と食事を通じた時間旅行の体験を提供しています。「食」と歴史をテーマにした著作活動や、各種メディア出演など、幅広い活動を行っています。他の著書に『歴メシ!決定版』(晶文社)、『食で読むヨーロッパ史2500年』(山川出版社)、『宮廷楽長サリエーリのお菓子な食卓:時空を超えて味わうオペラ飯』(春秋社)など。本書は各章ごとに歴史に名を残す偉人を取り上げ、彼らが味わった「食」の物語を描いていきます。目次にはそうそうたるメンバーが並んでいます。本書に登場する偉人たちを見てみましょう。
ハンムラビ、アレクサンドロス3世、ネロ、楊貴妃、ハールーン・アッ=ラシード、バシレイオス1世、チンギス・ハン、マルコ・ポーロ、コロンブス、エルナン・コルテス、スレイマン1世、カトリーヌ・ド・メディシス、ルイ14世、フリードリヒ2世、リンカーン、コナン・ドイル、夏目漱石、マクドナルド兄弟。
前から時代順に読むこともできますし、興味のあるところからピックアップして読んでいくこともできます。また、ネロ(3章)→マルコ・ポーロ(8章)→コロンブス(9章)→カトリーヌ・ド・メディシス(12章)のように読むことで、「食」のイタリア史を眺めることができます。
他にも、楊貴妃(第4章)→チンギス・ハン(7章)→マルコ・ポーロ(8章)と読むことで、中国の「食」の深さがわかるように描かれています。このように、時間の流れに沿った通時的記述と、空間やテーマに着目した記述が縦横に組み合わさり、立体的な「食の歴史」が浮き彫りになっています。
「コロンブス交換」が近世の食卓を生んだ
本書で紹介されている内容の一部を紹介しましょう。第9章ではイタリア出身の探検家であり、アメリカ大陸の発見者コロンブスが取り上げられています。コロンブスが活躍した15世紀は、ヨーロッパの中世が終わり、近世の始まりを迎えた時代でした。この時代のヨーロッパで重要な出来事は三つあります。まず、1453年にはビザンツ帝国がオスマン帝国によって滅ぼされ、東西ローマ帝国の最後の名残が消え去りました。次に、レコンキスタが1492年に終結し、イスラム教徒の支配からイベリア半島が完全にキリスト教徒の手に戻りました。そして、同じ1492年には、コロンブスが新大陸への航海に出発し、その結果、ヨーロッパとアメリカ大陸との間に新たな交流が始まりました。
これら三つの出来事は連動しています。オスマン帝国の脅威により東方貿易が不安定となり、新たな交易路の開拓の必要性が高まったこと。レコンキスタ推進によりキリスト教の布教熱が高まり、航海術が発展していたこと。これらが相まって、コロンブスの航海が始まりました。
コロンブスが新大陸に到達したことにより、「コロンブス交換」と呼ばれる現象が起きました。ヨーロッパやアジア(旧大陸)と南北アメリカ(新大陸)との間で、食料となる作物などを中心にさまざまな交流が始まったのです。本書では続く第10章「エルナン・コルテス」の章で、トウモロコシやカカオ、インゲンマメ、トウガラシがヨーロッパに流入したことについて触れられています。ドイツでジャガイモが食べられるようになったのも、韓国のキムチが赤くなったのも、このコロンブス交換の影響によるものなのです。
和と洋の「食」を味わった夏目漱石
第17章では日本を代表する小説家、夏目漱石が取り上げられています。漱石は19世紀から20世紀を生きた人物ですが、見方を変えれば、江戸末期から明治、大正という日本の食文化が劇的に変化した時代を経験した人物ともいえます。漱石が味わった食事は大きく三つに分けられます。一つ目が和食、二つ目が西洋風の日本料理、すなわち洋食、三つ目が19世紀末の英国料理です。さらに、体調不良時に食べた病院食まで含めれば、漱石は実に多様な食事を味わってきた人物といえます。
前近代の日本では基本的に肉食は禁忌とされていましたが、文明開化によって状況は一変しました。明治8年(1875年)の東京には70件以上も牛肉店があったらしく、その流行具合が見て取れます。漱石も牛肉を好んで食べており、小説『野分』などにも「ビステキ」として登場させています。
漱石は1900年から1902年にかけて、イギリスに留学しています。この期間に、漱石はさまざまな英国料理や、ティータイムなどの新しい食習慣を体験しました。ロンドンでの食事の記録をみると、昼食代わりにビスケット(今でいう「乾パン」のようなもの)を食べたり、漱石はつつましい食生活を送っていたことがわかります。他には、肉や魚にジャガイモ、プディングの付け合わせなどを昼食によく食べていたようです。プディングは小説『行人』にも「プッヂング」として登場しています。
他にも、ジャム、砂糖、チョコレート、氷菓子、アイスクリームなど甘いものも好んで食べています。そのせいか、晩年は糖尿病を患い、治療食を食べることになってしまいました。それでも、昼食に「かます二尾・葱の味噌汁・パン・バター」、夕食に「牛肉・玉葱・はんぺん汁・栗・パン・バター」と、なかなか美味しそうです。漱石の食べた和洋の食事からこの時代の「食」が見えてくるのも面白いですね。
「食」という視点から眺めることで歴史は生き生きとしたものに感じられます。料理の歴史に関心がある人から、世界史を勉強している中高生まで、本書は幅広い人におすすめできます。参考文献も豊富で、さらに詳しく知りたい人のためにも役立ちます。本書を手にとって、「食」の世界旅行に出かけてみませんか。
<参考文献>
『食卓の世界史』(遠藤雅司著、ちくまプリマー新書)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480684653/
<参考サイト>
音食紀行の公式サイト
http://onshokukiko.com/wpd1/
音食紀行のツイッター(現X)
https://twitter.com/onshokukiko
遠藤雅司氏のツイッター(現X)
https://twitter.com/endodyssey
『食卓の世界史』(遠藤雅司著、ちくまプリマー新書)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480684653/
<参考サイト>
音食紀行の公式サイト
http://onshokukiko.com/wpd1/
音食紀行のツイッター(現X)
https://twitter.com/onshokukiko
遠藤雅司氏のツイッター(現X)
https://twitter.com/endodyssey
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